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学園生活Ⅲ-24

†  †  †  † 2月25日。 とうとう卒業式まで5日を切った。 今年は閏年の為に2月が1日多い分だけ、少しは卒業までの時間が延びたと喜ぶべきなのかもしれない。 それでも、卒業式に向けての準備が全て整った今、気持ちは徐々に暗くなっていく。 誰のどんな力を以てしても、時の流れを止める事だけはできない。 焦ったってどうにもならない事はわかっているのに、鷹宮さんや夏川先輩との別れが来るかと思うと、胸の内がジリジリと焦げ付くように痛む。 午前最後の授業。特別棟へ足を踏み入れて理科室へ向かっている途中、既にもう授業が始まっているため誰もいない静かな廊下を歩いていても、脳裏に描かれるのは卒業式の事だけ。 物理の授業に必要な参考書を一冊忘れた事に気が付いて一人教室に戻り、始業のチャイムが校舎内に響き渡った瞬間からもう急ぐのを止めてのんびり歩きだしたのはいいけれど、こうやって一人で静かな場所にいると、どうしても思考は暗い方向へ流れてしまう。 気もそぞろになってしまい、手に持っていた参考書を落としそうになって慌てて持ち直した。 …その時 「なっ…に…」 突然横から伸びてきた手に二の腕を掴まれ、強引に引っ張られた。 足元をよろめかせ、誰かによって何かの部屋に引き摺り込まれる。 その際に一瞬見えたプレートは、 【執務実行委員会】 …まさか…ッ。 俺が室内へ入ったと同時に閉じられる扉。そして間近で漂う柑橘系の爽やかな香り。 100%の確信と共に顔を上げた先にいたのは、やはり秋だった。 珍しく、悪戯気に口角を引き上げた笑みを浮かべている。 …確か前にもこんな事があったような…。 まるでデジャヴのような感覚に目を数度瞬かせていると、掴まれていた腕を更にグッと引き寄せられた。 「…秋…、こんなとこで何してんの…」 秋の胸元に肩をぶつける形で寄りかかるようにしながら、唖然とした口調で問いかける。 途端に「それはこっちのセリフ」と笑われてしまった。 確かにそうだ。もう授業は始まっているのに、暢気に廊下を歩いていたのだから。 お互いに顔を見合わせて笑う。 「俺は参考書を忘れて教室まで取りに戻ってた。今から理科室」 「理科室か…。俺のクラスは自習中。委員会の仕事が溜まってたから片付けに来たら、向こうから深が来たのが見えてとりあえず拉致してみた」 「とりあえず拉致…って」 そんな爽やかな笑顔で言う言葉じゃないと思う。秋って時々おかしい。 どう反応していいのかわからず固まっていると、不意に秋の顔から笑みが消えた。 そしてジッと見つめてくる。 「…あ…き…?」 心臓が大きく鼓動を刻み始める。 未だに、秋に見つめられると恥ずかしくて居たたまれなくなって逃げたくなる。 でも、そんな状態を気取られたらそれはそれで問題のような気がして、バレないように小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。 それなのに…。 「…ッ…!」 突然唇を塞がれた。 咄嗟の事に驚いて秋の体を押し放そうとするも、いつの間にか腰に回された腕にギュッと抱きしめられてしまえば、抵抗する気持ちも消え失せていく。 啄ばむように優しく何度も触れる秋の唇に、いつの間にか体から力が抜けていった。 「…秋って、時々信じられない行動取るよな…」 「そうかな」 唇が離れても、腰と背に回された腕は離れる気配がないまま、小声で密やかに交わす会話。 この秘密めいた空気が、甘い時間を作り出す。 そして、制服越しに伝ってくる秋の体温に、心が穏やかに凪いでいくのを感じる。 「…そろそろ行かないと、授業に出られなくなる」 「そうだね…」 そうだね…という割に、秋は離れる様子を見せない。 俺だってまだこのままいたい。けど、実際問題そうも言ってられないのが現状で…。 「秋、もう離せよ」 「イヤだって言ったら?」 耳元で囁くように言う秋の瞳が、挑発的な笑みを浮かべた。 そんなものを間近で見せられてしまえば、ドキドキし過ぎて頭が爆発しそうになる。 「深」 「…なに…」 「顔が真っ赤」 「な…ッ…」 秋の指摘で更に顔が熱くなったのは言うまでもない。 これ以上秋の色気にあてられたら鼻血を出してもおかしくないくらいだ。本気でヤバい。 秋の腕の中でジタバタと暴れだす。 「も、離せ!」 「あ…、強引だな」 「どっちがだよっ」 「まったく…」 呆れたような言葉の割には優しい口調。 解放を望んだのは俺なのに、実際に腕が離れてしまえば湧き起こるのは寂しいという感情。我が儘にも程がある。 「大丈夫だから」 「…え?」 突然言われた意味不明の言葉に、秋の顔を見つめて目を瞬かせた。 困ったような切ないような…なんともいえない表情の秋に、思わず首を傾げる。 「…なん…の、こと?」 「卒業式」 「……ぁ…」 な…んで…。 秋を見つめたまま固まる俺の頭に手が乗せられて、優しくクシャリと撫でられる。 「もう二度と会えなくなるわけじゃない。…大丈夫だよ」 「…秋…」 涙が出そうになる。 寂しいと思うこの気持ちを、見抜かれていたなんて…。 「…うん…、大丈夫」 ともすれば震えそうになる声を押し出して囁くように言うと、そっと頭を抱き寄せられた。 いつもいつも、ありがとう。 声には出さないけど、胸の内で告げる感謝の言葉、 いつか、照れずに言えればいいな…。 秋の優しさに包まれながら、そう思った。

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