181 / 226
学園生活Ⅲ-25
† † † †
3月1日。
雲一つない快晴。肌寒くはあるけれど、気持ちが良いくらい澄んでいる初春の空気。
月城学園の講堂入口には、白い和紙に漆黒の墨で
【第十七回、私立月城学園 卒業式】
と書かれた大きな看板が掲げられていた。
「天原会長!段取りチェックお願いします!」
「了解」
「天原~、送辞の内容しっかり暗記した?泣いて読めないなんてダメだからな」
「…前嶋じゃないんだから大丈夫だよ」
小声で言ったはずなのに睨まれたということは、今のしっかり聞こえてたんだな。
卒業式当日の早朝。生徒会室は戦場と化していた。
今日は、先輩達にとって月城学園での最後となる行事。とてもとても大切な日。
絶対に失敗は許されないし、自分達も後悔したくない。全力で、やれるだけの事をやる。
それが、生徒会役員5人の切なる思い。
コンコン
慌ただしい生徒会室に聞こえたノックの音。そして静かに開かれた扉。
「…あ…」
誰かの一声がしたと同時に慌てて全員が会釈をする。
「おはよう。卒業式の準備お疲れ様。今日が本番だ。頑張ってくれ」
「はい!」
突然現れた理事長に、誰もが緊張を隠せないまま返事をした。
ホッと気持ちが落ち着いたのは俺だけか?
たった今までかなり緊張していたのに、咲哉のいつも通りの姿を見たら何故か自然と気持ちが落ち着いた。
そんな俺の内面が読み取れたのか、チラリと向けられた咲哉の眼差しが一瞬だけ優しく緩む。
(落ち着け。お前なら大丈夫だ)
そんな言葉が伝わってくる微かな頷き。
たったそれだけの事で、体にあった余計な力が抜けていった。
「よし、それじゃあ最後に講堂で実際に確認して終わりにしよう」
皆を見渡してそう言葉を放つと、視界の隅で咲哉が満足気な笑みを浮かべて生徒会室から出ていく姿が見えた。
「ただいまから、私立月城学園、第十七回卒業式を開式致します」
壇上に立った教頭の言葉で、講堂内の空気が一斉にピシリと張りつめた。
「卒業生、入場」
アナウンスと共に吹奏楽部が演奏を始め、講堂の入口から先輩達が入場してくる。
在校生はもちろん、壇上下の脇に控えている俺達生徒会役員や秋達執行委員会役員も、いつもより硬い表情でその様子を見守る。
そして、次々と入場してくる先輩達の中に、鷹宮さんと夏川先輩の顔を見つけた瞬間、不覚にも口元が震えそうになった。
…しっかりしろ、落ち着け。
周りにばれないように、拳をギュッと握りしめて心の平静を装おう。
全員が席に着き、そこからなんの滞りもなくスムーズに式が進んでいく。
理事長の言葉から始まり、PTAや学園に関わる人達それぞれの挨拶が済むと、次は送られてきた祝辞を放送部顧問が読み上げる。
各担任が卒業生の名前を読み上げ、クラス代表が卒業証書を受け取りに行く。
高等部卒業における皆勤賞などの色々な表彰があり、音楽が流れ…、
そしてとうとう、この瞬間が来た。
「在校生代表による送辞。生徒会会長、天原深」
「はい」
名前を呼ばれた瞬間、ドクン…と心臓が音を立てた。
形式に則り三方向へ礼をしてから壇上へ上がる。
見渡すと、ここにいる全員の真剣な眼差しが柔らかく向けられたのを感じた。
「送辞。…初春の穏やかな暖かさに包まれた今日。私たち在校生一同は、先輩方の旅立つ雄姿を………――」
お決まりの送辞の言葉を口にしながら、脳裏で今日までの色々な出来事が走馬灯のように流れていく。
編入初日に寮の部屋に来た鷹宮さんとのおかしな会話。
食堂で初めて出会った時の夏川先輩とのやりとり。
からかわれたり、助けられたり、時には翻弄され…。
…そして鷹宮さんとの…。
まるで、風のように過ぎ去っていった時間に、言葉にはならない懐かしむ感情が溢れかえる。
「……――最後に先輩方へこの言葉を送ります。ご卒業、おめでとうございます!…在校生代表、天原深」
シンと静まる中、深々とお辞儀をした。その瞬間。
パンパンパンパン
どこからともなく聞こえた拍手の音。
驚いて顔をあげると、手を叩いている夏川先輩のニヤリとした笑みと、その斜め前に座っている鷹宮さんの優しい微笑みが視界に入った。
そしてその直後。拍手は卒業生全体に広がり、講堂内に響き渡る。
「…え…?」
壇上から下りることも忘れて呆然と立ち尽くしていると、その拍手の中から夏川先輩が一言、
「ありがとう」
と、そう言ったのが耳に入った。
それを境に卒業生の間から「天原!後は頼むぞー」「お前に任せた!」という冷やかしのような言葉がかけられる。
…やばい…泣きそう…。
胸にグッと込み上げる熱い感情。少しでも気を抜けば泣いてしまいそうな程に緩む涙腺。
それでも、この場所で泣くわけにはいかない。
痛くなるくらいに拳を強く握りしめ、もう一度だけ深々と頭を下げてから壇上を下りた。
side:鷹宮
皆の声援ならぬ冷やかしに深々と頭を下げた深が壇上を下りて役員席に戻っていったのを見送り、視線を前へ戻した。
「おい京介。天原の顔、見た?」
「…見た」
「アイツ平静を装ってたけど、泣きそうだったな」
「そうだね…」
一瞬だけ泣きそうに震えた深君の表情に、胸がいっぱいになる。斜め後ろから話しかけてくる桐生に、上手く言葉を返せない。
でも、それまでニヤニヤと笑っていたはずの桐生の顔に、本当に珍しい…素の状態の優しい笑みが広がったのを見て、目を瞠った。
桐生がこういう表情を浮かべたのは、この数年の間では片手で足りるくらいしかない。
「…まったく…、本当に可愛い奴だよ…アイツは」
驚いたのも束の間。桐生のその心からの言葉に、無言で頷き返した。
別れを悲しんでくれた、それだけで嬉しいと思う。
ありがとう。
先ほど桐生が壇上の深君に向けて言った言葉を、胸の内で呟く。
そして次は僕の番だ。
「答辞。卒業生代表、鷹宮京介」
「はい」
アナウンスと共に席を立ち、軽く背中を叩いてきた桐生の手を感じながら壇上へ向かって歩き出した。
side:鷹宮end
ともだちにシェアしよう!