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学園生活Ⅲ-26
「卒業生、退場」
アナウンスによって卒業生が椅子から立ち上がり、在校生の席の間に作られた通路を講堂の出口に向かって歩いて行く。
人気のある先輩が近くを通るたびに、在校生の間から悲鳴のような声が放たれる。
これが最後の姿かと思えば、その気持ちも痛いほどよくわかる皆は、騒々しい程の声に非難の眼差しを送ることもなく、ただひたすら拍手と共に先輩達の去っていく姿を目に焼き付ける。
自分の意志で決めた別れではないけれど、誰もが通るこの卒業という別れの儀式。
何をどうしても止める事が出来ない分だけ、心の内では別れに対しての切なさだけがジクジクと募っていく。
在校生の席とは違う…壇上の斜め下に設置された役員席から立ち上がって、次々と講堂を出ていく先輩たちを見送っていると、一際在校生の声が大きくなった事に気がついた。
「…え…?」
元風紀委員長の芹沢先輩と夏川先輩、そして鷹宮さんが、出口へ向かう列から外れて何故かこっちに向かって歩いてくる姿が視界に入った。
これには在校生達も驚きに固まって、講堂内にいる全員がこの行動に注目しはじめる。
そして、目の前に辿り着いた3人。
何も言えず茫然としている俺を見た芹沢先輩が、可笑しそうに笑いだした。
「天原、そんな間の抜けた表情は全校生徒の前で見せるものじゃないぞ」
「…え…、いや…、だって…」
わかってはいるけれど、この状況自体が何がなんだかわからないんだからしょうがない。
そんな俺の対応に憐れみを覚えたのか、隣にいた前島が肘で脇腹を突いてきた。
「天原、落ち着け」
「あ…、あぁ…」
なんとか頷き返し、気を取り直そうと咳払いをする。
「あの…、ご卒業おめでとうございます。…でも、これはいったい…」
三人が何故こんな行動を取るのか意味が分からず、嬉しさの中にも困惑を含めて問うと、夏川先輩に髪の毛をグシャリと撫でられた。
「この講堂を出たらもう本当に卒業だ。その前に、お前ともう一度言葉を交わしたかったんだよ」
「…先輩…」
本当に優しく、含みのない笑顔の夏川先輩の言葉に、胸の奥から何かがグっと込み上げてくる。
「僕達はこれで卒業するけど、だからといって縁が切れるわけじゃない。逆に、学校という枷がなくなる分、もっと親密になれたりもする。だから、そんなに悲しまないで。僕達はいつでもキミの味方だ。困った事があればいつでも呼べばいい。勿論困った事がなくてもね」
「…鷹宮さん…」
俺が心の内に溜め込んでいた悲しみをいとも簡単に押し流してくれた鷹宮さんの言葉に、もう堪えることが出来なくなってしまった。
次から次へ、涙が溢れて頬を伝いだす。
ポタポタポタ…
顎を伝って床へ落ちていく滴。
その途端、息苦しいくらい強い力で攫われるように体を抱きしめられた。
「…そんなに泣かれると、僕も泣きたくなるだろ…」
耳元で囁かれた鷹宮さんの声は、本当に泣く寸前のように聞こえて…。
両腕をその背中にまわして、しがみつくように抱きしめ返した。
「僕はこれから欧州の大学に入って、本格的にローゼンヌで役者として世界に出る」
卒業生全員が講堂を出て行き、在校生も全て出て行った後、俺と鷹宮さんは講堂の大きな扉の前に並んで立ち、明るく暖かな日差しを浴びながら二人だけの静かな時を過ごしていた。
もう各教室では帰りのHRが始まっているだろう時間。
早く教室に戻ってクラスの皆と最後の別れをした方がいいんじゃないのかと思ったけれど、鷹宮さんは俺と話す事を望んでくれた。
均整の取れた体躯と端正な顔立ち。月城のゴシック調の制服が良く似合う容姿。
この制服姿を見るのもこれが最後だ。
隣に立つ相手を見つめて、それを実感した。
空を見上げ、木の枝越しに降り注ぐ陽の光を眩しげに見つめて立つ姿を、ただひたすら目に焼き付ける。
「…時々、連絡してもいいですか?」
そう問うと、空を見ていた眼差しが流れるような仕草でこっちに向けられた。
でも、何故か呆れたように眉尻が下がっている。
「…あのね…、僕はさっきなんて言った?」
溜息混じりに言われ、慌てて今日の鷹宮さんの言動を思い出す。
言われた事を順に頭の中で辿っていくと…、
『僕達はこれで卒業するけど、だからといって縁が切れるわけじゃない。逆に、学校という枷が無くなる分、もっと親密になれたりもする。だから、…そんなに悲しまないで。僕達はいつでもキミの味方だ。困った事があればいつでも呼べばいい。勿論困った事がなくてもね』
蘇る言葉。
「…あ…」
「その顔は、思い出したみたいだね」
クスリと笑われて恥ずかしくなり、熱くなった顔を隠すように俯く。
それでも、斜め上から暖かく見守るような視線を感じてしまえば黙っている事はできず…。
「…なんですか」
恥かしさを誤魔化すようにムスっとした顔で睨む。
そんな俺を見る鷹宮さんは、ただ楽しそうに笑うだけ。
そしてその腕がフワリとした柔らかな仕草で伸ばされて、頭と肩を優しく抱きしめられた。
「………」
「………」
鷹宮さんが何も言わないから、俺も何も言わない。
耳に入るのは、そよ風が吹く春の音だけ。
どうしようもなく暖かな時間が、静かに流れる。
そのままどのくらいの時間がたったのか、暫くして鷹宮さんの声が聞こえた。
「…見送られるのは好きじゃないんだ。僕が腕を離したら、振り返らないで校舎に向かってほしい」
「鷹宮さん…」
「できるよね?」
突然に訪れた別れの言葉。
駄々をこねてイヤだと言いたかったけど、最後の願いを断る事はできなかった。
鷹宮さんの制服の裾をギュッと握りしめて、小さく頷き返す。
耳元で微かに笑う声と共に「いい子だ」と囁かれ、頭の上に何かが触れた。
それが鷹宮さんの唇だったと気づいた時には、もうその腕は離れていくところで…。
あ…と思った時には、鷹宮さんの手によって体をクルンと反対方向へ向けられてしまった。
「ちょ…ちょっと待って下さい!最後にもう一度顔を見たって…」
「ダメだよ。言っただろ?この腕を放したらって」
背後で聞こえる鷹宮さんの声。
そんな事言われても足が動かない。
「ほら、早く行きなさい」
「………」
体中が、別れたくないと…イヤだと叫んでいるみたいにキリキリ痛む。
月城にいる鷹宮さんを、もう二度と見ることはできない。
月城で鷹宮さんと話をすることも、もう二度とできない。
でも、鷹宮さんの気持ちを無視する事はできない。
こんな方法を選んだのは、鷹宮さんも別れが辛いと思ってくれているのだろう。
月城の生徒同士としては最後だけど、鷹宮さん自身とはこれが最後なわけじゃない。
拳を握り締めて自分にそう言い聞かせた時、背中を優しくトンっと叩かれた。
その手に勇気を貰ったかのように、足が動きだす。
一歩、二歩…。
ゆっくり歩いていき、…そして、走りだした。
離れていく距離と比例して、心の痛みが大きくなる。
必死に走って校舎の昇降口に辿りついた時には、涙が頬を伝い流れていた。
ありがとうございました!!!
もう見えなくなった講堂の方向を振り向き、背筋を正してから深く深く……頭を下げた。
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