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学園生活Ⅲ-29

一瞬、頭の中が真っ白になった。 『アメリカへ発つ日が決まった』 それは、秋との別れの時が来た事を示す。 「…い…つ……」 震えそうになる声を押し殺し、秋の制服の腕部分をギュッと握りしめる。 俺の囁くような声を聞き取った秋は、痛い程に真剣な眼差しで、 「終業式の日。式が終わったら、迎えの車に乗ってそのまま空港へ行くことになった」 そう、告げた。 それは本当にすぐ。数日後の事。 わかっていたはずなのに、いざこの時が来てしまえば、心の準備なんて役にも立たないくらいにショックを受けている自分がいる。 何を言えばいいのかわからない。 …言葉が…、みつからない。 「深、絶対迎えにくるから。だから…、だから俺を信じて待っていてほしい」 「…秋…」 動揺して茫然とするだけの脳内に、秋の力強い言葉がスルリと入り込む。 途端に、それまでの何がなんだかわからなくなっていた状態から、徐々に気持ちが落ち着いていくのがわかった。 真っ白になった世界が、じわりじわりと色付いていく。 “悲しむ必要はない。ただ、ほんの少しの間一緒にいられないだけ” “また必ず会える。そうしたらもう離れない。離さない” 秋の、決意にも似たそんな感情が、向けられる眼差しに全て表れていた。 …信じよう…、秋を…。 「…ってる…、待ってる、から!そんなの、当たり前だろ。秋こそ、向こうで金髪美人に声かけられてもついていくなよっ」 俺は大丈夫だから安心して。秋が戻ってくるまで待ってるから、心置きなく行ってこい。 言葉にはしない想いを、茶化すように言った笑顔に込める。 それが伝わったのか、秋の顔にいつもの穏やかな表情が戻る。 そして、解かれていたはずの手がまた背に回され、 「誰よりも、何よりも、深がいい。深じゃなきゃダメだ。深以外なんて、誰もいらない」 強く抱きしめられた耳元で、熱っぽさを感じる掠れた声で、そう…告げられた。 ……… …………―― 「…ッ…ん…、…あ…っ…」 胸の突起を秋の柔らかな舌で舐められた瞬間にビクっと背が跳ねあがる。 『深以外なんて、誰もいらない』 そう言われてすぐ、横抱きにされてベッドルームに運ばれたかと思えば、待っての言葉も聞いてくれない秋に強引に服を脱がされた。 そして今、秋の手によって張り付けの如くベッドに両手を縫いとめられ、抵抗できないまま胸や首筋への緩い刺激を与えられ続けている。 熱い舌で与えられる快楽は、どうにも出来ないもどかしさだけを生みだし、長引けば長引くほど泣きたくなるような辛さへと変わっていく。 イきたいのにイけない、まるで拷問のようだ。 「…や…っ…、な…んで…、…も…許し…て…。……ン…ぅ…!」 両手が使えない為に言葉で抵抗を試みるも、それさえ秋の唇に塞がれてしまう。 こんな意地悪な秋は初めてだ。どうしていいのかわからない。 吐き出せない欲望が腰の辺りにグルグル渦巻いて苦しくて苦しくて、目尻に涙が溢れ出る。 唇を割って入り込んできた熱を帯びた舌に口内を蹂躙され、呼吸さえままならない。まるで噛み付かれているように激しい口付け。 空気が足りない苦しさに涙がこめかみを伝い落ちると、そこでようやく秋の唇が離れていった。 荒い呼吸を繰り返すのが精一杯で、それまで押さえつけられていた両腕が解放された事にも気付けない。 上から覗き込んでくる秋の視線。額に汗を滲ませた表情から狂おしいほどの熱情を魅せつけられる。 「…ハァ…ハァ…、ッ…秋…どうしてこんな…」 整わない呼吸のままにそう問えば、双眸を細めるようにしてチラリと笑んだ秋は、 「暫く会えないから、深の体に俺の存在を刻みつけておきたいんだ。……深が忘れられなくなるくらい、たくさん、ね」 そう言ってまた首筋に唇を落としてきた。 ……… ………―― 室内に響き渡るのは、荒い呼吸音と唇から零れる抑えられない喘ぎ声。 そして、何度も体内に放たれた秋の熱い体液が後孔から溢れ出るグチュグチュとした淫らな水音。 秋の欲望の象徴が俺の中を抉るように穿ち始めてから、もうどのくらいの時間が経ったのかわからない。 何度自分が放ったのか、秋の熱が何度体内に放たれたのか…。そして今が何時なのか…。 過ぎた快楽は苦しみへと変わる。意識を失いたいのに、その度に強く穿たれて現実に引き戻される。 声を上げ過ぎて、喉から出るのはもう掠れた吐息だけ。 体が溶けてしまったかのような感覚。何処までが自分でどこまでが秋なのかさえわからない。意識も体もドロドロになる。 ただ、朦朧とする意識の中で一つだけ感じるのは、体内にある秋の熱い欲望だけ。 「…っふ…ン…!…ぁあ…っ!!」 「深…っ…ク…ッ」 最奥を強く抉られ、何度目かわからない頂点へ導かれた瞬間、 頭の中が真っ白になり、今度こそ完全に意識が堕ちていった…。 「……ぅ…ん…」 眩しさに目を覚ますと、カーテンを閉め忘れた窓越しから太陽がサンサンと差し込んできていた。 陽光が思いっきり顔に当たっている。どうりで眩しいはずだ…。 なんだか体が妙にダルい。ここまで太陽が昇っているという事は、もう昼に近くなっているだろう。 普段は寝坊する事がないだけに、体に感じる不調も合わせて考えると風邪でもひいたかもしれない。 ボーっとする頭で、昨日はいつベッドに入ったんだったかな…、なんて考えた瞬間、心臓がドクンと破裂しそうな程大きく鼓動した。 背中から抱え込まれるように回された、自分のものではない腕。 そして、背後に感じる暖かな誰かの体温。 そこで完全に意識が目覚め、昨夜の事を全て思い出した。 泣いても頼んでも決して攻める手を緩めてくれなかった秋。それでも、その中に感じた溢れだす程の愛情。 好きで好きで仕方がない。離れたくない。そんな思いが、深く深く体に刻みこまれた。 まるで嵐のような激情に翻弄された夜。 そして嵐が明けた後に訪れたのは、春の目覚めのような暖かな想いと、確実に結びついたと感じられる限りない安心感。 背後にいる秋の顔が見たくなって、体を反転させようとした、瞬間、 「ッぅ…!」 下半身から背筋の中心を走った痛みに息が詰まり、すぐさま動きを止めた。 「…い…たい……」 涙が出そうだ。 意識を飛ばすほどの激しい行為に、慣れていない体が悲鳴をあげるのは当たり前。 一度ならともかく、数えられないほど執拗だった昨夜の行為を考えれば、きっと今日は一日寝て過ごす事になるだろう…。 誤魔化す事ができない体の苦痛に溜息を吐くも、後悔はしていない。 秋の想いを受け止めて、そして俺の想いもしっかり伝える事ができたんだ。いちばん重要な事がお互いに伝えられたなら、無茶な行為だって愛しく思える。 そんな事を思ってフッと口元を緩めた時、背後にいる秋がモゾっと動きだした。 「秋…?」 なんとか動かせる顔だけを振り向かせると、ゆっくり瞼を開けた秋と目が合った。 「おはよう、秋」 「…深…」 名前を呟いた秋が、その数秒後にとてつもなく優しい笑みを浮かべて「おはよう」と幸せそうに挨拶を返してきたのを見て、涙が出そうになるくらい幸せになる。 体の前に回されている腕が、一際ギュッと強く抱きしめてくるのを感じながら、また静かに目を閉じた。

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