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最終章~それぞれの旅立ち~1
† † † †
【宛先:黒崎秋】
【件名:(blank)】
【本文:
おはよう、秋。もう起きてるかな
俺は寝る前にこのメールを打ってます
あと二週間もすれば卒業だなんて、未だに信じられないよ
時間の流れって本当に早いよな】
そこまで入力して、キーボードから手を離した。
パソコンのディスプレイの隅に表示された時間は、23時。
メールを送ってすぐに寝ようと思っていたから部屋の電気を消したけど、やっぱり点けておけば良かった。
ディスプレイの明かりのみの部屋は闇に沈んでいて、気持ちまで暗くなる。
今から秋に打つ内容を考えると、それだけで手が止まってしまう。
大きく息を吐き出して、背後のリビングを振り向いた。
こんな時に、一人部屋はイヤだな…としみじみ思う。誰かの気配を、人の温もりを、心が欲する。
…ポタリ…
気付かぬうちに溢れていた涙が、頬を伝って零れ落ちた。
もう一生泣けないと思える程に涙したのに、まだこうやって泣ける自分が不思議だ。
涙は尽きる事がないんだろうか…。
一度溢れ出すと止める術が見つからないそれを無視して、またパソコンに向きなおった。
キーボードに手を置いて打とうとする。けれど、指が震えてしまって打つ事ができない。
「…っ…ク………」
込み上げてくる嗚咽に、ギュッと唇を噛みしめた。
それでも、秋に伝えなくてはならない事がある。
ポタポタと顎先から涙の雫が伝い落ちている事を自覚しながら、キーボードに文字を打ち込み始めた。
【2月12日の件、アメリカから送ってくれてありがとう。弔電と生花は、しっかり宮原の元に届いてたから】
そこまで打ち込んで、また手を止める。
こんな内容のメールをアメリカにいる秋に送ろうとしているのに、いまだに信じられない現実。
あんな事になる数日前までは、いつもと変わらずの生意気なアイツだったのに…、どうして…。
『ちょっと、馬鹿ッ、何するんだよ!』
『暫く会えないから、その分触ってるだけ』
『暫く会えないって、たった数日だけだろ!早く家に帰れよお前は!』
『クッ…素直じゃねぇなぁ。俺に会えなくて寂しくなって泣いても知らねぇからな』
『誰が泣くか!』
『まぁ、寂しくなったら携帯にかけろよ。いつでもどこでも駆けつけて相手してやるから』
『かけるか馬鹿っ』
“邑栖会 会長の三男(17歳)が、相続争いの抗争中に銃で撃たれて死亡”
お前の言うとおり、会えなくて寂しいよ、大泣きしてるよ。
いつでも会いに来てくれるって言ってたのに!
…嘘つき…。
…………馬鹿だよ、お前…。…本当に…馬鹿だ…ッ…。
人はこれほど泣けるのだろうか…、という程に涙が止まらない。
秋も鷹宮さんもいなくなったこの一年間。宮原がいたからこそ寂しくなかったと言っても過言じゃない。
俺がへこんでいれば、いつの間にか現れて俺を怒らせるような事をし、時には励まされ、時には妙なちょっかいをだされ…。
そういえば一年ほど前、俺がまだ高2だった時の12月。宮原が家の用事で何度か休んでいた事があったのを思い出した。
もしかしたら、今回の事件はあの時からもう始まっていたのかもしれない。
『卒業式か…。アンタがいなくなった学校は、つまらないだろうな…』
今年の一月になってから、そんな事を呟いて微かに笑んだ顔が忘れられない。
強気で強引で、でも、優しくて…。
本当は、内面にとても繊細な部分を持っていた宮原。
卒業式に何かやらかすつもりじゃないだろうな…、なんて警戒していた一ヶ月前の事が嘘のようだ。
もう
二度と
アイツの声は聞こえない…。
「ッ…ク…、…ぅ……う…」
堪えても堪えても溢れてくる涙。
押し殺しても押し殺せない嗚咽。
この世にもうアイツがいないなんて信じられない、…信じたくない。
「…なん…で…!…ッ…ぅ」
グッと握り締めた拳を、机の上にダン!っと叩きつけた。
その衝撃で、置いてあるノートパソコンがガタっと動く。
俯き、目を閉じると思いだす。
…宮原の葬儀の時の事を…
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