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最終章~それぞれの旅立ち~5
† † † †
2月下旬。
今日は、自由登校になっていた三年生の登校日。
間近に控えた卒業式の段取り説明と、卒業におけるその他諸々に関しての事柄。
それらを片付ける為に、久し振りにクラス全員が教室に集まった。
二月に入って自由登校になった時から既に退寮している人もいる為、会うこと自体が久し振りだというクラスメイトが何人もいる。
「たーかーはーらー!!!」
「ッぅ…ぐ…」
お昼前。
今日のすべき事を全て終え、担任の笹原が教室を出てすぐ(三年になっても担任は笹原だった…)、椅子に座って窓枠に両腕を乗せてボーっと外の景色を見ていた俺の背中に、ものすごい勢いで何かが張り付いてきた。
窓は開けていたからガラスに顔を押しつぶされる事はなかったけれど、上半身は完全に窓の桟にめり込んだ。
一歩間違えれば窒息、もしくは肋骨負傷。
そんな勢いで背後に抱きついてきたのは、確かめるまでもない、三年になっても同じクラスの前嶋だ。
去年までだったら、こんな前嶋を虐める薫や呆れたように見ている真藤がいたはずだけど、残念ながらその二人は今隣のクラスにいる。
休み時間ごとに遊びに来ていたせいで、クラスが別れたという実感はあまりないままこの一年は過ぎ去った。
「お前は俺を殺す気か…っ!」
全身で圧し掛かってきている相手の腹に肘を打ち込む。
今度は前嶋が呻き声を上げて崩れ落ちた。
本当に学習しない奴だな…。
背後を振り返り、涙目でしゃがみ込んでいる様子を見て呆れた溜息を吐いたものの、これが前嶋なりの励まし方だという事は、もうわかっている。
怒ったように睨んでいるはずの自分の目元が、いつの間にか緩んでいる事もわかっている。
しゃがみ込んだまま見上げてきた前嶋は、自分の意図が俺に読み取られた事を悟ったのか、少しだけ照れくさそうに「ヘヘっ」と笑った。
大丈夫か?とか、元気出せよ、とか…、そういうありきたりな言葉を云わない代わりに、何かしらこうやってふざけてくる前嶋。そして、薫と真藤。
数日後には、お互いにここを発ってそれぞれの道を歩んでいく。
寂しいけれど、秋や鷹宮さんの時と同じようにやっぱりこれも別れじゃない事を知っているからこそ、特別な事は何しないし何も言わない。
これからの俺達の将来に向けて、その中の通過点の一つ。
だから、寂しくなんてない。
ヘラリと笑う前嶋につられて、ついつい俺までヘラリと顔を緩めた時、教室の後部ドアから何かが弾丸の如き勢いで飛び込んできた。
まだ教室に残っているクラスメイトは多数。全員ギョッとした顔でその“飛び込んできたもの”を凝視したものの、それが何かわかった時点で、(あぁ…いつもの事か…)とばかりにそれぞれの雑談に戻る。
そしてその“飛び込んできたもの”は、さっきの前嶋と同じく物凄い勢いで俺に抱きついてきた。
椅子に座っていた状態だったから助かった。立っていたら絶対に押し倒されていただろう勢い。
「…薫…、たまにはもう少しまともに入ってきたらどうかな…、なんて俺は思うんだけど」
“抱き付いてきたもの”の肩に手を置いて溜息混じりに呟くと、そこでようやくその物体――薫は、俺から体を離した。
「え~、じゅうぶんまともじゃない?誰にも体当たりしないできたんだよ?」
あぁそれは素晴らしい。
……なんて言う訳ないだろ!俺に体当たりはいいのかよ!?
それでなくても、この一年の間に薫の背は少しだけ伸びた。前は俺より小さかったのに、今じゃほとんど目線は変わらない。
それでこの勢いだ。絶対いつか怪我人が出る。っていうか俺が怪我する。
でも、それを言ったが最後、「僕が治療してあげるから安心して!」と返されるのが目に見えているだけに余計な事は言えない。
目の前に立つ危険人物を見上げて、どうしたものか…なんて考えている内に、今度は真藤が姿を現した。
俺の顔を見てニッコリと笑みを浮かべたのが怖い。“ニヤリ”じゃなくて“ニッコリ”だぞ。ありえない。不気味だ。
顔を引き攣らせて慄いていると、薫の横に並び立った真藤が片手を伸ばしてきて…、
ビシッ!
「いっ!!」
手加減なしのデコピンをくらった。
「来た途端に何するんだよ!」
デコピンって意外と本気で痛い。
額を摩りつつ文句を言えば、いつも通りのニヤリとした笑いに切り替えた真藤に、「なんかムカつく顔してたから」なんて言われてしまった。
もしかして、笑顔が不気味だ…って思った事がバレたのか…
いつの間にか薫の“寄りかかり用壁”と化している前嶋はピクリとも動かずに立ち尽くし、薫は遠慮なく前嶋に寄りかかってご機嫌な様子。そして真藤は近くの机に浅く腰をかけて寛いでいる。
そんな光景を見て、ふと思った。
…あぁ…、とても穏やかな時間だな…、と…。
こんな何事もない優しい時間が、心に出来た隙間を少しずつ少しずつ埋めていってくれる。そんな感覚。
気が合ったのか…いつの間にか宮原と仲良くなっていた薫だって、本当は現在進行形で胸の内で悲しんでいるはずなのに、俺の前ではそんな素振りは微塵も見せない。逆に、さりげなく励ましてくれる。
「…まずは、頼られるような人間になる事……だよな」
目を伏せて、これからの自分への目標をボソッと呟いた瞬間、目の前にいる三人の視線が一気にこっちを向いた。
「…な…、なんだよ…」
思わず後退りそうになったけれど、座った状態ではそれもままならない。
「別に~、なんでもないよ~」
「いやー、天原っていつ見ても美人さんだなぁって思っただけ」
「……絶対将来ハゲるなコイツって思っただけだ」
真藤がひどい…。
つい不安になって髪の毛に手が伸びたのは仕方ない。男は誰だってそこに対しての不安を持っているんだから。
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