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最終章~それぞれの旅立ち~7

†  †  †  † 【私立月城学園 第十八回卒業式】 講堂の入口に格式高く掲げられ、清廉さを表す白い和紙に墨で書かれた凛とした文字。 それを横目に入場していく卒業生達。 ブラスバンドが奏でる荘厳な曲に包まれて、全員が席に着いた。 「ただいまより、第十八回、私立月城学園卒業式を開式致します」 落ち着いた声のアナウンスが響き渡ると同時に、研ぎ澄まされた緊張感が講堂内を覆い尽くす。 いよいよだ…。 形式に則って厳かに進んでいく式を、席に座りながらまるで他人事のように感じている自分がいる。 明日からは、もうここに来ることはない。昨日まで過ごしたこの場所が、明日にはもう過去のものになっている。 不思議な感傷に浸っていると、俺達卒業生に対する送辞を、生徒会長である若林が読み上げ始めた。 まるで若武者のような凛とした佇まいは、会計として一緒に生徒会を運営していた時と全く変わっていない。それに加え、どっしりとした大木のような動じぬ内面が表に現れ、今後が楽しみになるくらいの頼もしさを醸し出している。 「………――ご卒業、おめでとうございます!」 最後の言葉を述べると同時に深々とお辞儀をした若林は、壇上からの去り際にチラリと俺と視線を合わせ、滅多に表情を変えないその顔に笑みを浮かべた。 それが、言葉より何より、雄弁に全てを伝えてきた。 『卒業おめでとうございます』 …と…。 目頭が熱くなりかけるも、グッとこらえる。次に答辞を読むのは俺だ。泣いている場合じゃない。 「答辞。卒業生代表、天原深」 アナウンスの声に従い席を立ち、周囲から腕や背を叩かれながらゆっくりと壇上へ向かった。 マイクを目の前に、みんなの顔を見渡す。 一度礼をして、静かに答辞を述べ始めた。 「この穏やかな春の日差しの中、私達卒業生一同は……――」 去年の今は、俺が送辞を読んで鷹宮さん達に祝福の言葉を贈ったのに、今はこうして答辞を読んでいる。 立っている場所は同じなのに、全てが違う。 ここに来て、秋と出会って鷹宮さんと出会って、真藤や薫や前嶋…、そして…宮原と出会って…。 夏川先輩や、藤沢、東條、芹沢先輩、…北原も…。 月城に来てから今日までの全ての思い出が、まるで走馬灯のように流れ出す。 鷹宮さんの優しさとか、宮原の男らしい強引さ、咲哉との喧嘩や秋とのすれ違い。真藤や薫や前嶋とのかけがえのない友情 今は、俺の近くにいない人達がたくさんいるけれど、それでも、一緒に過ごした日々は絶対に消えないし、繋がりも消えていない。 とても大切な、宝物のような時間。 本当にありがとう…と、心の底から思う。 「………――卒業生代表、天原深」 答辞を終えて深く頭を下げる。 誰かのすすり泣くような声と同時に拍手が鳴り響き、それを背にして壇上を下りた。 「卒業生、退場」 アナウンスを合図に、座っていた椅子から立ち上がる。 …これで、とうとう高校生活も終わりか…。 在校生達の席の間に作られた通路に沿って講堂を退場していく間、フゥっと体から力が抜けていくような不思議な感覚に襲われた。 在校生達からかけられる声に笑顔で礼を言いながらも、心ここにあらずのような現実感のない変な感覚。 鷹宮さん達もこんな気分だったのだろうか。 そんな事を思いながら講堂の扉を出た瞬間、 バサッ 「…え…?」 明るい太陽の日差しを覆い隠すかのように、視界が真っ赤に染められた。 何が起きたのかわからずに立ち尽くしていると、目の前を赤く染めたそれが大量の薔薇の花束だという事に気が付く。 …誰が…、こんな…。 茫然とした状況の中、周囲から聞こえる悲鳴のような歓声の凄さにフッと我に返る。 戸惑いながらも花束を受け取り、その花束越しにこれを差し出してきた相手の顔を見ると…。 「…う…そだ…」 「卒業おめでとう、深。迎えに来たよ」 そこには、スーツ姿で少しだけ大人びた雰囲気の秋が、一年前と変わらない優しい微笑みを浮かべて立っていた。 「…え…、なんで…」 驚き過ぎて声が震える。 秋から目が逸らせない。 「少し前に、薫君から連絡をもらったんだよ。内緒にしてるみたいだけど、深がアメリカの大学に来るってね。だから迎えに来た。どうしても俺自身の手で深を迎えに来たかったんだ。…それと…、アイツの墓参りもね」 声に秘められた真摯な響き。

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