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【番外編】天原宏樹と水無瀬悠一と高槻一哉の日常
金曜日の夜23時。
メインストリートから外れた裏路地にある隠れ家的BAR『vintage(ヴィンテージ)』
店内のカウンターには、並んで座る三人の男の姿があった。
スラリとした細身に見える背格好、和を感じさせるスッキリした風貌の青年、水無瀬悠一。
その隣に座るのは、水無瀬よりも僅かに体格に厚みを帯びている甘い顔立ちをした青年、高槻一哉。
そして更にその隣。カウンター席の一番奥に座っているのは、三人の中で一番落ち着いた雰囲気を醸し出している鋭い眼差しを持つ青年、天原宏樹。
一見、水無瀬は細身に見えてしまうが、それは他の二人がいるからだ。
男として理想的な程に鍛えられた体躯をもつ二人のせいで、普通にみればそれなりに引き締まって見える水無瀬も、この時ばかりは細身に見えてしまう。
「そういえばこの前のレース、準優勝だって?…手ぇ抜いたのバレバレ」
琥珀色の液体が入ったグラスを片手にニヤリと笑った高槻は、右隣に座る水無瀬に視線を投げかけてそんな一言を放った。
それに対して水無瀬の反応は“無言”。軽く肩を竦ませただけ。
目の前に置かれたマティーニを見つめる瞳には、なんの色も浮かべていない。
「そういうお前は、この前の話蹴ったんだろ?」
カランと響いたロックアイスの涼しげな音と共に聞こえた低音。
その声に高槻が視線を向けると、それまで正面を向いていた天原の視線が僅かな笑みを含んで投げつけられた。
深い色の瞳には“どうせ面倒くさかったんだろ”と言外の意味合いが見え隠れしている。
某大手企業から持ちかけられた、とある企画のコラボ案。
面白くなさそうだから…という、ただそれだけの理由で蹴った事を、長年の友人は完全に見抜いているようだ。
「そういう宏樹は、この前の大きな案件が成功して古狸を黙らせたって聞いたけど?」
ほんの僅かに黒さを含んだ水無瀬の笑みが天原に向けられると、今度は天原が無言で肩を竦ませる。
その顔に浮かぶのは“成功して当たり前の事だ”といった表情。自信に満ち溢れている。
途端に、水無瀬と高槻の両者から溜息が零れた。
やっぱり宏樹はどこまで行っても宏樹だ…と。
BAR内に流れる心地良い音量のJAZZを背景に、それぞれが穏やかな沈黙の中で手元のグラスを傾ける中、不意に思い出したように高槻が隣に座る天原に言葉を放った。
「そういや、深君は元気?」
問われた本人は、横眼でチラリと友人を見たっきりまた正面に視線を戻して琥珀色の液体を口に含ませる。
「なんで秘密にするわけ?宏樹のけちー」
拗ねたような口調に水無瀬の目が呆れたものになった。
「宏樹は秘密にしようと思って答えないわけじゃないだろ」
「じゃあなんで黙ってんだよ」
本気か冗談かわからないムスっとした表情の高槻に、今まで黙っていた天原は一言、
「あいつは全寮制に入ってる。俺が全ての行動を把握してるわけないだろ」
そう言い放った。
「…ごもっとも…」
何故そんな当たり前の事に気付かなかったのか…。
シュンと項垂れた高槻を見た水無瀬は、声には出さず喉奥でククッと笑った。
「相変わらず深君がお気に入りみたいだな」
「当たり前だろ?あんな美人な子が自分の弟にいたら犯罪に走ってもいい。っていうか犯罪に走る!」
「お前は…」
高槻がキッパリと犯罪者宣言をした瞬間、天原が疲れたように嘆息した。その双眸は不機嫌そうに細められる。
「悪いが、アイツは俺の弟だ。アイツの嫌がる事をした時点で命はなくなると思え」
「………」
「………」
どう見ても本気で言っている事がわかる天原の言葉に、高槻だけじゃなく水無瀬も揃って口を噤んだのは言うまでもない。
そんな二人の顔には、
『なんだかんだいって、結局お前が一番深君を溺愛してるよな』
口には出さないそんな思いが、ありありと現われていた。
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