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【番外編】深と宏樹のお買い物デート

本来なら、長期連休の時にしか家に戻らないはずが、珍しく宏樹兄に呼び出しをかけられて短期帰省をした日の翌日。3連休の2日目。久し振りに二人で出かける事になった。 「あ…、宏樹兄。俺あそこ見たい」 隣を歩いている兄の腕を掴みながらも、視線は斜め前方に見えてきたショップに釘付け。 あまりアクセサリーには興味のない俺が、唯一気に入っているシルバーアクセのブランドショップ。 「あぁ、わかった」 低く落ちついた声で肯定が返ってきた事を確認すれば、もう意識はそっちへ一直線だ。 逸る気持ちで、宏樹兄の腕を掴んだままショップの扉をくぐった。 「いらっしゃいませ天原様」 「こんにちは」 最近では馴染みつつある女性販売員の長野さんが、早速声をかけてきてくれる。 いつもならここで、「今日はどのような物をお探しですか?」と手伝いを申し出てくれるのに、何故か今日は違った。 歩み寄ってきたのはいい。でもその直後、俺の横に視線を向けたまま、何やら固まってしまっている。 …なんだ? 長野さんの視線を辿って横を向くと、視界に入ったのは宏樹兄だった。 僅かに頬を赤く染めている長野さんの態度を見て、なるほど…、と納得したのは言うまでもない。 長身で男らしい厚みのある体躯。厳しさの中に優しさが見え隠れしている端正な顔立ち。 見惚れるのも無理はない。 さすがに宏樹兄も視線に気が付いたらしく、軽く会釈をして僅かに目元を細める品の良い微笑みを向けていた。 なおさら長野さんの顔が赤くなる。 …なんとなく面白くないのは何故だ…。 よくわからないモヤモヤ感に首を傾げ、一人でその場を離れてアクセサリーが並べられているガラスケースに向かった。 「…あ…、この新作格好良いかも」 一番目立つ場所に置いてある今期の新作ブレス。燻し銀加工がされているのに繊細な感じで、思わず目が吸い寄せられた。 「宜しければケースからお出ししましょうか?」 「え?」 背後からかけられた優しい口調の甘い男声。 振り向いたすぐ後ろに、ダークスーツを上手くカジュアルに着こなしている20代前半くらいの男の販売員さんが立っていた。 そういえば、前来た時もこの人の姿を見た気がする。 その時は、綺麗な女性客に捉まって延々と相手をさせられていて、顔がいいっていうのも大変だな…なんて思ったんだ。 相手の素性がわかれば警戒もなくなる。今日はこの人にお願いしよう。 「お願いします」 笑顔で頷けば、販売員さんも笑顔を返してくれる。お互いにニコニコしながら新作の話をする事になった。 「これって、今期の新作ですよね?…もしかして、ユニセックス?」 「あ、わかりました?もっと厚みがあったらメンズ向けになってしまうんですけど、これは繊細な造りになっているでしょう?女性が身につけてもおかしくないようにデザインされたんです」 「この繊細さがポイントですよね」 ケースから出されたブレスを見ながら話が盛り上がる。 やっぱり女性よりも同性の方が遠慮なく話が出来て楽しい。 そんなこんなで、この時すっかり宏樹兄の事を忘れてしまっていた。それに気が付いたのは、背後から鋭い視線が突き刺さったのを感じとった時。 話を止めて振り返ると、何故か機嫌の悪そうな雰囲気を醸し出している宏樹兄と視線がぶつかった。 俺が気づいたのがわかったのか、長野さんと話をしていたはずの宏樹兄は、それを途中で打ち切っていつもの堂々たる足取りで歩み寄ってきた。 「宏樹兄?」 「何か欲しいものは見つかったのか?」 そう言いながら、肩に手をまわして俺を胸元に抱き込むようにして顔を覗き込んでくる。 宏樹兄が人前でこんなあからさまなスキンシップをとってくるのは珍しい。 思いっきりブラコンの自覚がある俺にしてみれば、ここまで密着されると恥ずかしくなってくる。 顔に血が昇ってきた。 「…あ、うん。これ、買おうかと思って」 熱くなる頬を誤魔化すように、しどろもどろの口調で目の前の新作ブレスを指し示す。 新作だから金額的にちょっと高めだけど、後で買わなかった事を後悔するような事にはなりたくない。 手持ちの所持金はそう多くないから、これは『必殺カード買い』しかないな…。 当分は余計な物を買わないようにしよう。 今後の節約を心に決めて、男性販売員さんに買う意思を告げようと口を開いた瞬間。 「これ、お願いします」 「え?」 まるで俺が話しかけるのを阻止するかのタイミングで、宏樹兄が告げてしまった。 そして、自分のプラチナカードを取り出して渡している。 「や、ちょっと待ってよ。これは俺個人の物だし俺が買うから」 焦りまくって宏樹兄の腕を掴み、その行動を引きとめたのは言うまでもない。 ご飯くらいは奢ってもらうつもりでいたけど、買い物となると話は別だ。そこまで甘えられない。 …と思っていたのに…。 「俺が一緒にいるのにお前に買わせるわけないだろう。普段はあまり甘やかしてやれないからな。こんな時ぐらいは遠慮なく甘えればいい」 「宏樹兄…」 …なんだこれ。憤死しそうなくらい恥ずかしい事言われた気がする。 あまり表情を変えない宏樹兄が、目元を細めるように緩めて優しい眼差しで見つめてくる。それだけでもクラクラするのに、こんな甘い言葉まで言われてしまえばもう撃沈するしかない。 ………我が兄ながら、これは絶対に天然タラシだ…。 「…ありがとう」 宏樹兄の腕を掴み、赤くなっているだろう顔を俯かせてボソっと呟く俺に、微かな笑い声が降りそそぐ。 そして、その大きな手の甲で撫でるように軽く頬をピタピタと叩かれた。 甘い…甘過ぎる…。 この後どういう態度をとればいいんだ。 なんて考えた瞬間、ハッと思い出した。 …まだ目の前に男性販売員さんがいた事を…。 咄嗟に顔を上げて斜め前に立つ販売員さんを見ると、何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。 やっぱり目の前でこんなやりとり見せられたら、微妙な気持ちにもなるよな。 当分このショップに来るのは控えよう…。 溜息混じりに肩を落とした。 そして、数分後。 小箱に納められたそのブレスを受け取り、何事もなかったかのようにショップを後にした。 「昼は何が食べたいんだ?」 「美味しいパスタが食べたい」 「わかった」 そんな会話を交わしながら、やはりどこか親密な空気を纏わせながらショップを出て行った深と宏樹を見送った男性販売員は、 「…さすがにあの人には勝てないな…」 悔しそうに呟いていた。

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