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【番外編】文化祭2
「いらっしゃいませ~!」
「…………いませ」
「…………」
完全にチャイナ娘になりきっている薫。
抵抗しつつ、人が良いものだから声は出しているものの、あまりに小さすぎて結局全然周囲に聞こえていない井上。
そして仏頂面で立ち尽くす俺。
とうとう始まってしまった文化祭。
俺達3人は、客寄せのために教室の入口で呼び込みを開始した。
…と言っても、実際に呼び込みをしているのは薫だけ。
「女々しいぞ天原。いい加減諦めて宮本を見習え」
「痛っ」
突然背後から脳天に拳が落とされた。
頭(正しくはウィッグ)に手を当てながら振り向いた先には、ウェイターの格好をした真藤が鋭い双眸を細めて立っている。
何やら普通に格好良いのがムカつく。俺もそっちが良かった。
「ほら、そんな恨みがましい目をしてると客が来ないだろ。愛想振り撒けよ、お嬢さん」
「し~ん~ど~う~」
どれだけ睨んでも、ククっと楽しそうに笑われるだけ。
そして教室内へ戻って行ってしまった。
開いたドア越しに見た室内は、予想外に満員御礼となっている。
全員がコスプレという事に興味を惹かれたのか、妙にウケているらしい。
世の中全員おかしすぎる。
井上と顔を見合せて「ハァ~」と深い溜息を吐いた時、
「あれ~?なになに、この子達も男なわけ~?」
「うわっ、嘘だろ?!メッチャ可愛いじゃん!」
突然目の前に、同年代くらいの男子高生が3人現れた。同じ市内にある共学高校の制服だ。
いつもは閉鎖されているこの月城学園も、文化祭の時だけは一般開放される。
それを狙って近隣の高校生が遊びに来るのは知っていたが…。
なんか感じ悪いなコイツら。
顔を近づけて覗き込んでくる1人から思いっきり顔を背けた。
「あれ?お客様にそんな態度とっていいのかなぁ。それとももしかして君、ツンデレ系ってやつ?可愛いじゃん」
「………」
誰がツンデレ系だよ!
…ヤバい、怒りが喉元まで込み上がってきた。
握りしめた拳がフルフルと震えてくる。
「あ、お客様お客様、その子は観賞用なので触れたり話しかけたりするのは厳禁なんですよ~。僕がご案内致しま~す」
俺の怒りがわかったのか、横から薫がにこやかに口を挟んできた。
これでもう絡まれる事はないだろう。
とっとと中に入ってしまえ。そして何か食べて早く帰ってくれ。
口悪く心の中で罵りながらもホッとしたのに、事態はそう易々とは進まなかった。
「お前も可愛いけど、俺はこっちの子がいいの。って事で、この子借りてくから、校舎ん中案内してよ」
口にピアスをした金髪のチャラい男が、突然俺の肩に手を回してそんな事を言い始めた。
治まらない怒りと殴りたい衝動で、拳だけじゃなく肩が小刻みに震えだす。
それなのにこの馬鹿は、
「あれ?この子怯えちゃってる?可愛いな~」
思いっきり勘違いしてニヤニヤ笑っている。
どうしてやろう。どうせだったらこのまま大人しく着いて行って、人のいない場所で殴り飛ばしてやろうか。
頭の中で物騒な考えが巡りした、その時。
「…てめぇらいい加減にしろよ」
地底を這うような低い声が響き渡った。
馴れ馴れしい男に対する怒りも忘れて恐る恐る横を向いた先には、案の定、素に戻った薫がいる。
井上なんて、この状態の薫をまともに見るのは初めてらしく、目玉が零れ落ちるんじゃないかというくらいに目を見開いて薫を凝視。ひたすら凝視。
けれど、言われた当の本人には全く効果はなかった。
一瞬驚いたように動きを止めたものの、言ったのが薫だと知るや否や、
「な…なんだよ、そんな可愛い格好して汚い言葉づかいなんて似合わないぜ~?」
またも俺の肩に回した手に力を入れてヘラヘラと笑いだす。
一緒にいた他の2人も一緒に笑いだし、更にその内の一人が井上にも絡み始めた。
…ヤバイ…、薫の目が据わりだした…。
肩を抱きしめてくる男の存在も忘れて、薫に目が吸い寄せられる。
どうするんだよコレ、誰か薫を宥めてくれ!
けれど、俺のそんな切実な思いを神様は聞き届けてくれなかったようだ。
「まぁまぁ、そ~んなに怒んないでよ。俺はこの子と一緒にすぐ消えるからさ。ね」
そう言った馬鹿男が、突然俺の頬に唇を押しつけてきたんだ。
ふざけるな!
さすがにそう叫びそうになった瞬間、
「ここは健全なる文化祭の場であって、気にいった子をお持ち帰りするような目的の店ではないのですが」
まるでブリザードの如く冷えた声が、静かにその場を覆いつくした。
あまりの冷やかさに、全員が固まる。
男に抱き寄せられたままの状態でギシギシと音が鳴りそうな動きと共に振り向くと、そこには未だかつてない程に厳しい顔をした秋が、執務実行委員会の役員達を後ろに従えて立っていた。
見た感じでは冷静に見える。見えるけれど、俺にはわかった。
秋が本気で激怒してる…。
端正な顔からは全ての表情が消え去り、無感情の瞳が今にも殺人を犯してしまいそうな昏さを醸し出す。
…なんか…ヤバイ…。
「なんだよテメェ!偉そうにしやがって!!」
突然、俺と井上に絡んでいる奴じゃない三人目の男が怒声を発した。
さっきまで静かだった為に気付かなかったけど、この三人目の男、金色の前髪の隙間から刃物で切られたような傷跡が見える。
もしかしなくても、三人の内でいちばん危険な奴なんじゃ…。
すぐにでも秋に殴りかかりそうな雰囲気に、心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
「秋…ッ」
危な過ぎるから先生を呼んだ方がいい、そう言おうとして呼びかけたけど、俺の言いたい事がわかったのか一瞬だけチラッとこっちを見た秋は、鋭い双眸を僅かに緩めて小さく頷いた。
『大丈夫だから安心しろ』
そう言っているような表情に、無意識に肩の力が抜ける。
なんだろうこの安心感。
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