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【番外編】薫の中等部時代
「あれー?平日に薫が顔だすなんて珍しいじゃん!」
「お!薫だ!一緒に遊ぼうぜ!」
夜の街に出た途端、顔見知り達から声をかけられたけれど、今の俺にはそれがウザくてかなわない。
買いたい物があるから、平日の夜なのにわざわざ学園の寮を抜け出してきたっていうのに、これじゃ目当てのショップに着くまでに夜が明けてしまう。
「うるせぇ、話かけんな」
近寄ってくる奴らを片手で押しのけて足早に道を進んでいく。
その時不意に、ガラスに映る自分の姿が目に入った。
中一くらいまでは周りと比べても何ら変わりなかった身長は、中二になった今完全に止まってしまったのか、これ以上伸びる様子を見せない。
それなのに、周りの奴らはどんどん伸びていく。俺よりも小さかった奴まで、成長期が訪れたのか小柄な体躯を伸ばしていく。
今までは背が低いとは思われていなかったから、こんな態度の悪さを見せても違和感はなかった。
けれど、中三になってもまだ大人びた容姿にならなかったら、ちょっと自分の行動を変えた方がいいかもしれない。
小さな奴が粋がってるとか思われたくないからな。
きっとその内に伸びてくるだろう。今は休み期間だ休み期間。
自分に言い聞かせるように胸の内で呟いた言葉。それが多少拗ね気味だったのは否めないが、こればかりはしょうがない。
「チッ」と行儀悪く舌打ちをしながらズカズカと大股で歩道を歩いて行く薫の姿は、可愛らしい容姿と鋭い雰囲気が適度に混ざり合い、通りゆく同年代の女の子達からの視線を熱くまとわりつかせていた。
微笑めば可愛らしく見えるだろう容貌なのに、その冷徹な眼差しと男らしい行動が外見とのギャップを生み、危うい均衡を保った魅力を醸し出している。
そんな周囲の視線を物ともせず足早に歩き進んでいた時、不意に通り過ぎた奴の声が耳に入ってきた。
「あれ?あれって薫の友達じゃねぇ?」
友達?
ピタリと足を止めて振り返った。するとその先に思いもよらない人物が姿を見せた。
「なんだ、お前も抜け出し組か」
「…要…」
中等部に入ってから1年2年とクラスが同じで、更に性格的にも妙にウマがあっていつの間にかつるむようになった相手。
真藤要。
しっかり者の優等生の割に、とっている行動は意外と自由奔放。
それを証明するかのように、自分と同じく寮を抜け出していたらしい姿。
片手に何処かのショップ袋を持っているところを見ると、目当ての買い物は済んだのだろう。
立ち止まってジッと見つめている俺の前に、歩み寄ってきた要が立ち塞がった。
「今日は23時までに戻らないと、寮内を警備が回るらしいぞ」
「……最悪…」
要のもたらしてくれた情報に思わず顔を顰めた。
月城学園中等部の寮棟には、ごく稀に抜き打ちのように警備員が巡回する事がある。
それが今夜だなんて、最悪に運が悪い。
左腕にはめている時計の針は、既に21時半を指していた。
「って、もう時間ギリギリかよ」
こんな所で足止めをくっている場合じゃない。
それ以上特に話す事もなさそうな要の様子を見てから、何も言わず踵を返して歩きはじめた。
「ありがとうございましたぁっ」
閉じるドアの向こうに消えていく店員の声を背後に、手に持ったショップ袋を見て目元が緩む。
今日までしか買えない限定品の時計。嬉しくて思わず顔がニヤける。
でも、のんびりとしてもいられない。欲しかった物が手に入った今、とにかく早く寮に戻らないと。
時計が示す時間はもう22時。
タクシーがすぐに捉まればいいが、それが出来なかったら最悪だ。間に合わない。
以前、警備に捕まった生徒が学園に両親を呼び出され、そのあげくに1週間の謹慎処分となった事があった。
あんなみっともない思いだけはしたくない。
それに、両親なんて呼び出された日には、俺の命なんて一瞬にして消えてしまうだろう。
メスを片手に微笑む両親を脳裏に思い描き、無意識に口元が引き攣る。
ヤバイヤバイと足早に進む中、ふと視線を上げた先に思いもよらぬ人物が立っている事に気付いて歩みを止めた。
「…要?何やってんだよ」
数メートル先の歩道に、真藤要がこっちを見て立っている。
さっき会った時にはもう用事は済んだように見えたけれど、まだ何かやっていたんだろうか。
そんな疑問を抱きながら近づいていくと、すぐに答えがわかった。
「…お前…」
要の横の道路には1台のタクシー。
俺が気づいたのを見た要は、先にそのタクシーに乗り込んだ。
躊躇は一瞬だけ。次いで俺も乗り込む。
ゆっくり走り出すタクシーと動きだす車窓の景色に、ようやく気を抜いて背もたれに寄りかかった。
隣に座っている要は、窓枠に肘を着いて外の景色を眺めている。
さりげなく大人だな、コイツは…。
タクシーが捉まらなくて困るだろう俺の事を考えて待っていてくれた相手に、胸の内がくすぐったくなる。
自分の事を話すのはあまり好きじゃない俺だけど、何故か今、物凄くコイツに話をしたくなった。
「…俺さ…、もしこのまま背が伸びなかったら、高等部からキャラ変える」
要がチラリと視線を投げ寄こす。その顔には(また訳の分からない事言いはじめたな…)とでも言いたげな表情が浮かんでいる。
隠す事のない正直すぎる表情に、ふはっと笑いが零れた。
「言い換えれば”擬態”だよ、”擬態”。周りがでかくなっていく中で、なーんか俺だけあまり伸びる気がしないんだよなぁ…。チビで粋がっても仕方ないから、背が伸びるまでは擬態して背格好に似合う性格でいく。…って決めた」
最後にニヤリと笑うと、要は思いっきり深く溜息を吐いた。
「その言い方だと、小さい体ででかい態度は取れない…って、なんか妙に殊勝な事を言ってるように聞こえるな」
「聞こえる、じゃなくてその通り。殊勝な考えだろ?」
「違うな、お前の場合は明らかに面白がってるだけだろ。そもそも擬態っていうは、弱者が強者から身を隠すために姿を変えるって事だ。お前の場合は全くの逆。地球の自転が逆回りになったとしてもお前は弱者にはならない」
「それはどうも」
要の皮肉を褒め言葉として受け取って礼を言うと、疲れたような溜息を吐かれた。
そしてまた興味を失ったように窓の外へ視線を向ける様子に、俺も口を噤んで正面を向く。
高等部入学の初日。俺の元の性格を知っている奴らの反応が楽しみだ。
「…まぁ期間限定で性格を変えようが何しようが、お前がお前であればそれでいい」
突然、呟くようなそんな声が聞こえた。
『お前がお前であればそれでいい』
その言葉に、胸がカッと熱くなる。
いくら外側を変えても、中身が俺のままであればそれでいい、と。
それはまるで俺の中身を認めてくれているように聞こえて…。
この時、俺はコイツと一生涯付き合っていける友人になりたい、と、そう思った。
【私立月城学園入学式】
そんな立て看板が掲げられている高等部の講堂入口。
新しい制服ではあるが、後ろ姿だけでもわかる程に見慣れた相手の姿が少し前に見えて、思わず小走りに近づいた。
「おはよう!真藤くん!今日から高校生だね。また宜しくね~っ」
肩を叩いて言葉をかけると、振り向いた相手は一瞬驚きに目を見開いた後、今度は物凄く嫌そうに眉を顰めた。
「…こういう事か…、なるほど…。慣れないと気持ち悪いな」
小声でブツブツと失礼な事を口走っているが、明らかに俺に聞こえる程の大きさで言っているという事は、呟きに見せかけてワザと言っているんだろう。
「イヤだな~、気持ち悪いってどういう事?そんな事より、早く座らないと目立っちゃうよ~」
「はいはい」
足早に進む俺のすぐ後ろを着いてくる要を、早く早く、と急かしながら講堂に足を踏み入れる。
真新しい制服を着た大勢の新入生と、忙しそうに歩きまわる教師達。
これから始まる新しい生活に、自分らしくないとわかっていても、わくわくする高揚感を抑える事が出来なかった。
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