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【番外編】深・薫・真藤の日常

「ただいまー」 土日祝日の待ちに待った3連休。 たまには家に帰って来てほしいという香夏子姉の願いを叶えるべく、早朝から学園を出てきた連休初日の今日。 久し振りの我が家の玄関に足を踏み入れると、リビングから足早に香夏子姉が姿を現した。 「お帰りなさい深。宮本君も真藤君も、自分の家だと思ってゆっくりしていってね」 香夏子姉は、俺の後ろにいる二人にも頬を染めて嬉しそうに声をかけた。 …そう、今俺の後ろには、真藤と薫がいる。 『どうせなら、深のお友達も一緒に来ればいいわ』 香夏子姉のその一言により、もれなく2人も来る事になったのだが…。 「初めまして~!宮本薫です!」 「初めまして。真藤要です。深君にはいつもお世話になっています」 薫はともかく、真藤の挨拶はどうにかならないのか…。気持ち悪い。 顔を引き攣らせる俺とは違い、香夏子姉は「いえいえ、こちらこそ深がお世話になってます」なんてニコニコと返事をしている。 2人が途中で買ってきた老舗和菓子店のお菓子を香夏子姉に渡している間に、靴を脱いで家に入った。 「2人とも、俺の部屋でいいよな?」 「もっちろん!今日は深君の隠された秘密を暴きに来たんだからっ」 「見られて困るものは先に隠しておけよ?」 俺に向けられる満面の笑顔が二つ。 その背後に、黒い尻尾がチラチラと見え隠れしているように思うのは気のせいか? 連れてきたのは間違いだったかもしれない…と既に後悔しながらも、靴を脱いだ二人を二階の自室へと案内した。 「あ、意外とシンプル」 「…面白みに欠けるな」 …いったいどんな部屋を期待していたんだ…。 部屋に入った途端、明らかにつまらなそうに感想を述べた二人を眇めた目で睨む。 ここに辿り着くまでの途中、窓から見える庭を見て感激する薫と、廊下に置かれている絵画や調度品を見て唸り声を上げていた真藤。 それが、俺の部屋に入った瞬間にこの態度。失礼極まりない。 そこまで落胆される程酷い部屋じゃないぞ。っていうか人の部屋に面白さを期待しないでほしい。 「その辺に適当に座っ…って薫!お前勝手に本棚漁るなよ!…え、ちょっ…なんで本を全部出して…待て待て待て!」 机の横の壁に設置された天井まである大きな本棚。何故か薫は、綺麗に並べられていた参考書や辞書なんかを次々に取り出し始めた。 口で言っただけではとても止められないその行動の速さに、足早に近づいて腕を思いっきり掴む。 「薫…、何してるのか聞いていい?」 「ん?これ?だって人間、隠すって言ったらこういう本の裏側じゃない?」 「俺が何を隠してるって言うんだよ…」 無邪気にキョトンとしたドングリ眼で見つめてくる薫に、一気に脱力してしまった。 「本当に何もないから!」 身の潔白を断言し、自分で荒らした分は自分で片付けるように言い聞かせてから何気なく背後を振り向くと、いつの間に来ていたのか…香夏子姉と真藤がドアの所で何やら話しこんでいた。 真藤の手にお菓子とカップの乗ったトレーがあるという事は、香夏子姉が持ってきてくれたのだろう。 それにしても何やら随分長く話しこんでいる。妙に愛想の良い真藤が気持ち悪い。 そんな事を思いながらチラリと横目で薫を見ると。 「……ぁあっ!なんで今度は机の引き出し開けてるんだよっ!それも全部!」 「え~?だって本棚の奥にないなら、他にはもうここしか考えられないし~」 「………」 …だからなんで隠し物があるって決めつけるんだ…。 なんかもう止める気力すらなくなってきた。こうなったら好きに家探しをさせた方が諦めもつくだろう。そんな気がする。 溜息を吐きながら薫から離れて真藤へ歩み寄り、その手にあったトレーを受け取った。 「一応お客さんなのに悪いな。後は俺がやるから適当に座ってて」 ”一応”にアクセント付けて言ったのに、怒るかと思った真藤は逆に笑みを浮かべた。 …なんだ…? 穏やかな真藤なんて真藤じゃない。 なんとなく嫌な予感を感じながらも、俺から離れて大人しく薫の方へ向かった真藤の後ろ姿を見送るだけに留めた。 いつの間にか来ていつの間にか居なくなった香夏子姉には後で礼を言うとして…、早速部屋の中央にあるローテーブルにお菓子と紅茶の入ったカップを並べはじめる。 ガラス皿の上にキレイに並べられたこのクッキーとマドレーヌ、そして甘くない野菜チップスは、香夏子姉のお手製。相変わらず美味しそうだ。 思わず先に自分だけクッキーを摘み食いしてしまう。口に広がる上品な甘さに、ついつい顔が緩んだ。 その時、 「うわ~~っ!何これ犯罪!」 「あー…、やっぱりそうだよな、今であれなら昔はこうだよな…」 突然、妙に盛り上がった二人の声が耳に入った。 振り返った視線の先には、机の上に置いた何かを見ている真藤と薫の姿。 今の2人の声は、その”何か”を見ての感想らしい。 自分の分のカップを手に持ち、2人の背後に歩み寄って紅茶を口に含みながらその”何か”を見た瞬間、 「ブハッ!!」 「ぅわ!深くん汚いっ」 「おい、いま俺の服にかけただろ!」 口に含んでいた紅茶を噴き出した俺に、二人がギョッとしたように目を剥いた。 確かに汚いし、ほんの少しとは言えかかってしまった真藤には悪いと思う。 でも! 「な…ッ、なんでそんなの見てるんだよ!っていうかどこから持ってきた!!今すぐ閉じろ!」 2人が机の上に広げていたのは、俺の子供時代のアルバムだった。 これは俺の部屋の中にはなかったものだ。それが何故ここに!? 零さないようにカップを近くの棚の上に置いて、改めてアルバムに手を伸ばす。 すると、すかさず背の高い真藤がそれを手に持って頭上に上げてしまった。 と…、届かない…。 手を伸ばして取ろうとする俺の必死な様子を見て、ニヤリと笑った真藤。 …殴りたい…。 届かない物より近くの物。 真藤の腹にパンチを一発。 「ぅ…ッ」 これにはさすがの真藤も参ったらしく、頭上に伸ばしていた手を下ろして体を「く」の字に折り曲げた。 手の届く範囲に下りてきたアルバムを今度こそ奪い取ろうと手を伸ばす。…が…。 「あ~ぁ、せっかく香夏子さんが親切に持ってきてくれたのに、弟である深君がその行動を水の泡にしちゃうんだ~。香夏子さん可哀想~」 薫の口から放たれた言葉に、ピタリと動きを止める。 香夏子姉の親切を水の泡にする…。 ハッキリ言って、俺は宏樹兄と香夏子姉が大好きだ。そんな俺が、香夏子姉の気遣いを無にする事なんて出来るはずもない。 でも…。 逡巡している事がわかったのか、薫が更に追い討ちをかけてきた。 「実際目の前に本人がいるんだから、今さら子供の頃の写真見たって何も変わらないよ~。それに、子供の頃なんて誰だって同じなんだし~」 「………」 …そうだよな…。 確かに、恥ずかしい写真があるわけじゃなく、単なる子供の時の写真ってだけだ。嫌がる意味、ないよな…。 「…わかったよ、好きなだけ見ればいいだろ」 溜息混じりにそう言った時、密かに薫と真藤がニヤリと笑っていた事に俺は全く気付かなかった。 「次はこれね~。えっと、あ、中学の入学式だ!」 「へぇー…、意外と詰襟も似合うな」 「学ランプレイ?!」 「セーラー服プレイは、…さすがにないか…」 あってたまるか!っていうかそうじゃないだろ! 「プレイじゃないだろコレは!普通の制服!普通の入学式っ!2人とも頭の中が爛れてないか!?」 そろそろ血管が切れそう。 かれこれこのアルバムを見始めて40分がたつ。 1冊だけだと思っていたアルバムは実に3冊もあったのだ。 香夏子姉にこんな事を言いたくはないけれど、 …恨みます…。 場所を机からローテーブルに移し、二人ともなんやかんやと感想を交わし合いながら大層盛り上がっている。 手には香夏子姉特製のお菓子、そしてネタにされている俺のアルバム。 そりゃ盛り上がりもするだろう。 もうこの先に祈るのは、頼むからこれを他の奴には言わないでくれ、という事だけ。 「ほ~ほ~ほ~、この足がたまりませんね~」 ……お前はどこのエロ親父だ…。 もう倒れそう。 体育祭の写真を見てニタニタと笑う薫を睨んでも、本人はそんな視線に露ほども気付かない。 ベッドにパタリと倒れ込んだ。 「お邪魔しました~」 「今日は有難うございました」 「是非またいらしてね」 和やかで元気な3人と、疲れきった俺。 夕方になって、ようやく満足したらしい薫と真藤と共に玄関先に立った。 見送りに出てきてくれた香夏子姉は、俺のゲッソリとした様子を不思議そうに眺めるも、お客様の二人を放っておく事も出来ずに談笑している。 そんな3人を見つめながら心の中で決意した。 二度と連れてくるもんか。…と…。 「深もいってらっしゃい。また明日から学校頑張ってね」 「…頑張ります」 優雅に手を振って送り出してくれる香夏子姉になんとか微笑み返して外に出ると、先に玄関を出ていた二人の後ろ姿が視界に入った。 そこにユラユラと揺れる黒い尻尾が見えたのは、もう絶対に気のせいじゃない。 夕陽の作りだした幻影じゃなくて、この二人には絶対に悪魔の尻尾が生えている! 「楽しかったね~」 「あぁ」 「また来ようね~」 「そうだな」 そんな楽しそうな会話を完璧に無視したのは言うまでもない。

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