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【番外編】秋vs宏樹の果てしなき戦い
『今度の日曜日は空いてるか?』
「日曜日?」
『あぁ。お前が見たがっていたガラス工芸品の展覧会がある』
「行きたい!…って、ごめん…駄目だ…。日曜日は秋と出掛ける約束が…」
『そうか。それなら…、』
「あ、ちょっと待って。秋も一緒に連れて行っていいかな?それなら俺行きたい」
『…………わかった。いいだろう』
「ありがとう宏樹兄!それじゃ日曜日に!」
最後の妙な間が多少気にはなったものの、宏樹兄との電話を切った後、その事を伝える為にすぐさま秋の元へ駆け寄った。
そして今日。約束の日曜日。
堅苦しい同業者向けの展覧会ではなく、一般の人も気軽に入れると言う事で、普段着のまま会場へ足を運んだ俺達3人。
「前を見て歩かないと転ぶぞ、深」
「大丈夫ですよ宏樹さん。俺がしっかり見てますから」
「………」
…なんだろう、この目に見えない緊迫感は…。
俺を間に挟み、頭上で繰り広げられている穏やかなやりとり。
のはずが…。
「…なんか怖いんですけど」
「ん?何か言ったか?」
「どうしたの?深」
「……ナンデモアリマセン…」
見下ろしてくる二組の眼差しは、至って温厚そのもの。
狐と狸に化かされているような気分になりながらも、とりあえずガラス工芸に目を向けた。
ヴェネチアングラスからバカラ。切子やクリスタルガラス。
どれもこれもデザインやカットが美しく、これでもかとばかりに最高の姿を見せつけるようにライトアップされた作品達。
それぞれが、透き通る美しさと輝きを存分に発揮している。
子供の頃からガラス細工に目がなかった俺にしてみれば、これぞ至福の一時。
「深、これ好きそう」
「うんうん、こういうの好き。よくわかったな、秋」
「深、あそこにバカラのシャンデリアがある」
「うわ、凄いな。…宏樹兄…、いくらなんでもあれを買おうとしないでよ?」
憧れの美術品が一同に介したこの状況に、緩みっぱなしの表情。
そんな中、展示されている物が全て載っている写真集の販売告知が壁際に置いてある事に気が付いた俺は、すかさず2人に「ちょっとここで待ってて」と言い残し、そこへ向かった。
そして、深が離れて残された二人。
途端に空気が張りつめたものに変わる。
「宏樹さん、今日は有難うございます」
「いや、大した事じゃない」
下手に強固な理性がある為、お互い腹に何かを抱えているにも関わらず、それをひた隠しに隠す。
離れた場所では、深が真剣な表情で販売告知を見ている。
「深と宏樹さんは、とても仲が良いですよね。うちとは大違いですよ」
「あぁ、後継問題を抱えてしまうと兄弟仲が悪化する事はよく聞く話だ」
深みのある声で淡々と語る宏樹。その眼差しの行方を辿れば確実に深に辿り着く。
表情は変わらないまでも、その瞳が雄弁に伝えているものは、深に対する深い愛情。
秋は、自分の深に対する愛情は誰にも負けないと自負している。それでも、深を見つめる宏樹の瞳に、何故か焦燥感を覚えた。
「宏樹さん」
「ん?」
「もう気付いていると思いますが、俺は深の事が好きです。もちろん恋愛感情で」
「………」
秋の告白に、それまで深に向けられていた宏樹の眼差しが秋へと戻ってきた。
深い色をした感情の読めない瞳。
何も言わないまでも、その瞳が続きを促しているのは確かで…。
秋は、視線を逸らす事なく再度口を開いた。
「絶対に幸せに出来る、なんて大それた事は言えません。ですが、この想いは一生変わらないという事はハッキリと言えます」
「それを俺に認めろ、と?」
「いえ。今はまだ認めてもらえるとは思っていません。そんなに簡単な事だとも思っていません」
「それなら何故今そんな事を?」
「宏樹さんに、負けたくないと思ったからです」
秋の言葉に、宏樹の双眸が僅かに瞠目した。そして一瞬の後、他人に対しては珍しく…それが楽しげに緩められる。
「…なるほど…、いい度胸だ」
お互いを見つめ合う瞳に先程までの他人行儀な壁はなく、秋は、ここで初めて宏樹と本当の意味で存在を認識しあえたような感覚を味わった。
まずは、同じ土俵に上がる事を許された、という事だろう。
「いつか絶対に認めさせますから」
「やれるものならやってみろ」
不敵に笑い合う2人。
そんな2人の元に、ようやく深が戻ってきた。
「待たせてゴメン!帰る時に写真集の予約をする事に決めた」
足取り軽く二人の元へ戻ると、宏樹兄の手に頭を撫でられた。
秋は…といえば、なんだかさっきまでよりも楽しそうに見える。
俺がいない間に何かあったのか?
2人の間から、最初に感じていた妙な威圧感が消えている。
首を傾げながらも、2人が仲良くなる分には何も問題はなく…。
「よし、隣の展示室に行こう!」
秋の右腕と宏樹兄の左腕をガシッと掴んで意気揚々と歩き出す。
そんな深に気付かれないよう、秋と宏樹は一瞬お互いの顔を見合わせ、フッと好戦的な笑みを交わし合った。
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