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【社会人番外編】聖夜の奇跡2
それまで宇宙に向けられていた女性の視線が、俺と秋を見て頷いた。
「そうなんです。この子、物心がついた時から同じ夢を何度も見るらしくて…」
「同じ夢じゃない!同じ人が出てくるってだけで、内容はいつも違うんだからなっ」
間違いを訂正しようと、腕を掴んで宇宙が必死に食い下がる。女性はまだ困ったように眉尻を下げたまま。
「あのね、その夢の中にお兄さんが出てくるんだよ。俺とお兄さんは同じ学校に行ってて、お兄さんは学校の中でも会長とかっていう一番えらい人で、ものすごいお金持ちの家の子で…」
秋と2人、思わず息を詰めて視線を合わせた。
「…うん、それで?」
秋が先を促すと、今までこの話を真面目に聞いてくれる人がいなかった、と言った宇宙は、物凄く嬉しそうにマシンガンの如く話し始めた。
「俺は、お兄さんよりも1つ下だったけど、でも今の俺みたいにガキじゃなくて、ちゃんとした男なんだ。それも、髪の毛とか金髪にしてスッゴク格好良いんだからな!それで、俺はお兄さんのことが大好きで、いつもイジワルとかイタズラばっかしてんの。でもある時、俺…死んじゃって…、もう…お兄さんに会えなくなるんだ…」
「………」
…心臓が…、心臓が…破裂しそうに激しく鼓動を刻み始めた。
なんだ…この符号…。
それはまるで、月城での、俺と………、俺と…宮原の事みたいな…。
固く握りしめる掌には冷たい汗が滲み、背筋に震えが走る。
「いつも最後はそこで目が覚めちゃうんだぁ…。俺が死んじゃうから、もうその先の続きはなくて。いつも気になってた」
そう寂しそうに呟いて俯く宇宙の眼差しが、宮原のそれと重なった。
アイツも時々、こんな目をした事があった。無垢で、それでいて少しだけ寂しそうな眼差し。
…これは…いったいどういう…。
グラリと足もとが揺らいだ。
倒れるかと思ったけれど、秋がすぐに腕を伸ばしてくれて優しく背を支えられる。
俺のそんな様子に女性は、
「やだ、ゴメンなさい。この子ったらまだ5歳の癖に死ぬとか変な事言って。でも、本当に単なる夢だから、気にしないで下さいね」
そう焦ったように言ったけれど、俺それどころではなくなっていた。
背を支えてくれている秋を見上げると、泣きたくなる程の優しい眼差しで微笑まれる。
『俺もそう思うよ』
秋の瞳が、そう言っている。
母親に夢の事をどうでもいいように軽く言われて若干拗ね気味の宇宙は、ムッとしたようにソッポを向いている。その頬が、怒りのせいか少しだけ赤い。
思わず、手が伸びた。
「…えっ、ちょっと、お兄さんっ」
焦ったような声が耳元で聞こえる。
小さくて、暖かくて、そして何よりも、確かに今ここに生きて存在している宇宙。
ギュッと抱きしめた小さな体は、最初は驚いたように少しの抵抗を見せたものの、すぐにその小さな腕を伸ばして抱きしめ返してくれた。
胸がいっぱいで、涙が出そうになる。
でも、この子の前で泣くわけにはいかない。
暫くしてから腕を離して、しゃがんでいた姿勢から立ち上がった。
宇宙の顔を見ると、またも顔が赤い。今度は怒りの為じゃなく、照れているからだとわかる。
「宇宙。君は今、幸せ?」
一瞬母親の方に視線を向けた宇宙は、すぐこっちに向き直り、物凄く照れくさそうに…でもハッキリと大きく頷いた。
「うん!すごく幸せだよ!俺ね、生まれてきて良かった!」
5歳の子供が言うにはマセていると思われる言葉。でも、そんな些細な事はどうでも良かった。
宇宙の言葉が、嬉しくて…嬉しくて…。
「宇宙、あまりお母さんに心配をかけるなよ?」
秋のからかい混じりの言葉に、「大丈夫大丈夫」と笑いながらその場でピョンピョン飛び跳ねだした。
「あ、またこの子ったら何処かに走り出すつもりね。…あっ…ちょっと、宇宙!」
「またね!お兄さん達!今度会ったら遊ぼうね!」
女性の危惧は大正解で、宇宙はまた人混みの中に向かって走り出した。
「あ~!あの子ったらもう!…すみませんでした、それでは失礼します」
そして慌てたように後を追って走り出す。
ほのぼのとした温かい光景に、胸の奥から何かが込み上げてきた。
「…秋…、今のって…」
「あぁ…、アイツ…だな」
突如としてブワっと涙が溢れ出し、頬を伝ってこぼれ落ちる。
肩に置かれた手に振り向くと、宇宙の走り去った後ろ姿を見つめていた秋が優しく微笑んでいた。
「…っ…5歳だって!…、アイツが…アイツがいなくなってから、もう6年で…、あの子、5歳って…!」
自分でも何が言いたいのかわからないけど、次から次へ込み上げてくる想いをとにかく秋に聞いてほしくて…。
必死に声を出そうとしても、唇が震えて、喉元がキュッと締め付けられて、うまく言葉にする事ができない。
胸が、痛くて…痛くて…。
でもそれはただ痛いだけじゃなく、寂しさと悲しみと、そしてほんの少しの嬉しさと安堵。
堰を切ったように涙を流す俺の顔を自分の肩に押しつけるように抱きしめてきた秋が、
「…あの子は絶対に幸せになれるよ。…もう、大丈夫だ」
そう呟いた言葉に、俺は馬鹿みたいに何度も頷いた。
”絶対に幸せになれる”
その言葉が、深く切り裂かれたままだった心の傷をふわりと癒してくれた。
きっと秋は、あの時から…、宮原がいなくなったあの時から、俺の心の一番深い所にあった傷がずっと癒えていなかった事を知っていたのだろう。
そして今。
もう大丈夫だと。
心配しなくても、悲しまなくても、アイツは今度の人生を幸せに生きていくよ、と…。
涙が止まらない俺を、秋はずっと優しく抱きしめてくれた。
俺も、秋の背中にそっと手を添えて抱きしめ返す。
どうか…、どうか皆が幸せになれますように…。
そんな想いをこめて。
そして、これからの未来、秋と共に一生歩いて行けますように。
そんな願いを込めて、俺達は顔を見合せて微笑んだ。
空港の外では、空からの白い贈り物がフワリフワリと舞い降りてきていた。
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