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【社会人番外編】未来への光1
1月上旬。
クリスマスが終わってもアメリカへ戻る事なく、新年を日本で迎えた今年。
それでもとうとう、Winter Holidayが終わりを告げる時期が来た。
明後日にはまた日本を旅立たなくてはいけない。
暖かいリビングの窓ガラス越しに、雪が降り積もる庭の景色をボーっと眺めながら、一足先にアメリカへ戻っていった秋の姿を脳裏に思い浮かべた。
今頃仕事に追われているだろう事を考えると、まだのんびりしているこの状態が申し訳なくなる。
「あら?そんな恰好して、どこかに出かけるの?外は寒いわよ?」
リビングのドアが開いたかと思えば、柔らかなモヘアのハイネックを着ている香夏子姉が姿を現した。
去年結婚した香夏子姉だが、家が近いという事でよく実家に顔を出しているらしい。
特に、俺が日本に戻ってきている時はほぼ毎日ここにいる。
…大丈夫かよ…。
なんて俺の心配もなんのその。夫婦仲は物凄く良い。
今年で24歳になる俺に両親が結婚話を持ってこないのは、ひとえに香夏子姉のおかげだといえよう。
『私がたくさん子供を産むから大丈夫』と、最愛の旦那様とニコニコ微笑み合いながら宣言したと聞いた。
義兄さんは物凄い人格者で、香夏子姉を溺愛している。
「向こうに戻ったらまた当分はこっちに帰ってこれないから、ちょっとその辺を散歩しておこうと思って」
香夏子姉に歩み寄りながら、白いダウンジャケットのポケットに手を入れた。
「インフルエンザなんて拾って来ないでね。体調崩して帰れなくなったら大変だわ」
「気を付けるよ。それじゃ行ってきます」
心配そうに眉尻を下げている香夏子姉の肩をポンポンっと叩いて、その横を通り過ぎた。
もうほとんど雪は降っていない。傘は必要ないだろう。
携帯と財布だけを持って外へ出た途端、家の中とは比べ物にならないくらいの寒さが頬に触れた。
でも、世界を真っ白に染める雪景色が美しくて、寒さも気にならない。
「さぁ、どこに行こうかな」
行くあてもなく動かした足を、急ぐ事もなくゆっくりと進ませる。
流れていく景色をひたすら目に焼き付けながら辿りついた先は、近所にある大きな運動公園。
白鳥が遊ぶ大きな池と、彫刻が美しい大きな噴水。遊歩道のある木立は、今は雪化粧を纏った白い林へと姿を変えている。
平日の昼間だからか、いつもは賑わっている公園内に人の姿はほとんど見えない。
足跡が一つも無いまっさらな雪に覆われた地面を、サクサクと踏みしめながら歩く。
口から零れる息は面白いくらいに真っ白い。本当に全てが白一色の世界だ。
遊歩道を外れ、木々の下に移動する。こっちの方が新雪っぽくて気持ちがいい。
周りの景色に見惚れている内に、何故か不意にクリスマスに空港で出会った宇宙 の事を思い出した。
「…今頃何してんのかな、あの子は」
大変そうだった母親の様子を思い浮かべて、ついつい苦笑い。
いつも振り回されているだろう姿が想像ついてしまう。
今の俺のようにボーっと歩いている人に、今日もまたぶつかっているのかもしれない。
ドンッ
「うわっ!!」
「…っ…!…と。………え……?」
………見間違い…じゃないよな…。
ぼんやりと景色を眺めていた俺に真正面から突撃してきた”何か”
その”何か”は、ぶつかった反動で後ろにひっくり返り、雪の中に埋もれてジタバタしている。
モコモコのダウンコートに包まれた可愛らしい姿。
ついぞ最近、会った事のある…、っていうかさっきまで頭に思い浮かべていた人物が目の前に転がっていた。
「ちょっ…、見てないで助けてよお兄さん!」
「あ…あぁ、ゴメン。ほら」
上手く起き上がれずにいるその子――宇宙に手を伸ばして助け起こした。
助けてと言う割には、手など必要ないと思えるほど元気に立ち上がり、お尻についた雪をパタパタと払い落としている。
いまだに頭がついてこない。…えーっと…。本物?
「宇宙?……こんな所で何やってるの」
「その前に、また会えてうれしいよとかそういう言葉はないのかよ」
「ゴメン。うん、会えて嬉しいんだけどさ」
だけどね、と言ったところでジロリと睨まれて口を噤んだ。
「…会えて嬉しいです」
「よし!」
偉そうに小さな腕を胸の前で組んで大きく頷くこの姿。
態度がでかいところは完全に引き継がれてるな…。
こんな小さな子供に怒られている自分が少々情けない。
最初はあまりの驚きに何が何だかわからなかったけれど、驚きから覚めるとジワリジワリと嬉しさが募ってくる。
まさかまた会えるとは思わなかった。嬉しくて顔がにやけてしまう。
宇宙を見下ろすと、彼もまたニコニコと嬉しそうに微笑んでいた。
俺の腰辺りまでしかない小さな宇宙に目線を合わせる為に、膝を折ってしゃがみ込む。
「もしかして、この辺に住んでるの?」
「うん、ここから近いよ。駅3つ向こうにウチがあるんだ」
「…え…」
駅3つ分って、5歳の子が一人で移動するには遠すぎないか!?
子供の感覚がわからず考え込んでいると、気付けばいつの間にか宇宙の眉間に皺が寄っていた。
「…何…、どうしたんだよ」
「ガキあつかいするな」
「え?」
いま俺何かした?
宇宙の顰めっ面を見て首を傾げ、自分の言動を思い返してみる。
…さっぱりわからない。
真剣に悩んでいたら、小さな手で軽く頬を叩かれた。
もちろん力は入ってないから痛くもなんともなかったけれど。
それよりも、続いて言われた言葉に驚いた。
「なんでそうやってしゃがみこむんだよ。それって俺のことガキだと思ってるからだろ。お兄さんより小さいけど、俺は男だ!そういうのは女やガキにするもんだろっ」
「………ごめんなさい…」
目線を合わせようとしゃがみ込んだ事が、宇宙のプライドを刺激してしまったらしい。
こんなに小さくても、しっかり“男”なんだな。
自分の足でしっかり立とうとする姿勢に、なおさら宇宙が可愛く思えてくる。
「お前絶対にイイ男になるよ」
「あたりまえ!」
勇ましい返答に、顔がニヤけて止まらない。
目の前にある宇宙の頭をグシャリと撫でまわしていると、不意にとある人物を思い出した。
鍛えられた厚みのある体躯に、本能的な畏怖を呼び起こす覇気を纏った人。
宮原征爾さん。
宮原のお兄さんだ。
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