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蒼穹希心7

†  †  †  † 土曜日の朝。 今日から三連休という事で、優と飛鳥は実家に帰省する事になっていた。 アパレル関係の社長である優の両親は時間が取れず、代わりに、専業主婦をしている飛鳥の母親が迎えに来る。 あと30分もすれば約束の時間になるという9時。 飛鳥は、着替えると言ってベッドルームに向かった同室者――優が、いまだに出てこない事を不思議に思ってそのドアを開けた。 「優、まだ着替えてるのか?……優!?」 ドアを開けた飛鳥の目に飛び込んできたのは、ベッド脇の床に蹲っている優の姿。 慌てて駆け寄り、肩を掴んで顔を覗き込む。 真っ青くなった唇で荒く呼吸を繰り返し、シャツの胸元を力の限りに握りしめている様子に全てを理解した。 恐れていた発作だ。 「優!薬は!」 いつも首から下げているロケットペンダント。その中に緊急用の薬が入っている。だが今は、着替えの時に一度外したのか、優の首にそのペンダントは掛かっていなかった。 慌てて周囲を見た飛鳥の目は、すぐ横のベッド上に置いてあるそれを見つけた。 急いでロケットを開け、中にあった白く小さな錠剤を取り出す。 「優!口を開けろ!」 飛鳥の声が聞こえたのか、それまで食いしばられていた優の唇がほんの少しだけ開かれた。そこに無理やり指ごと錠剤を捻じ込んで、舌の間に挟み込ませる。 「落ち着いてゆっくり舐めろ、もうすぐ母さんが来るから、そうしたら内藤先生のところに連れていく。だから安心しろ」 飛鳥の声に、一度だけゆっくり優が頷く。 発作が起きてどのくらい経ったのか、正確な時間がわからないのがもどかしい。 親を待つ時間はないかもしれない。救急車を呼ぶか? 飛鳥がそう考えた時。徐々にだが、優の呼吸が落ち着いてきたのがわかった。 どうやら最悪の事態は免れたらしい。 額から流れ落ちている優の汗を指先で拭う。 「よく耐えたな、優。偉いぞ」 苦しさから解き放たれつつある優は、ぐったりと体の力を抜いて飛鳥にもたれかかった。 そんな優の体を、繊細なガラス細工を扱うように優しく抱きしめる飛鳥。 優は幼い時から体が弱く、医者からは15歳まで生きられるかどうかわからないと宣告を受けていた。 そして、15歳になった今年。 最近は調子が良かった為に、もしかしたらこのまま良くなるのかもしれないと思っていた矢先の発作。 飛鳥の脳裏に、嫌な予感がよぎった。 「せっかくの3連休だけど、優君はここでお泊りだな」 優の主治医である内藤は、穏やかなタレ目を笑みの形に緩ませてそう言った。 あの後、飛鳥の母親に連れられて来た、かかり付けの慣れ親しんだ病院。 診察を終えた内藤は、今はもう容体は落ち着いているものの、数日間の入院という決定を優に下した。 白いベッドの中で眠る優。 目が覚めて自分が病院にいるとわかったら、落ち込むだろう。 病室を出た飛鳥は、まだ着かない優の両親の代わりに、とりあえずの説明を受けるために母親と並んで内藤の診察室に向かいながら、そんな事を思った。 「それでは、どうぞ椅子にお掛け下さい」 内藤に目の前の椅子を示された二人は、神妙な顔つきでそこに腰を下ろす。 千秋家と鳥居家が共同して優の力になっている事は、もう何年もの付き合いの中で内藤も知っている。 もし千秋家の人間がいなかった時は、鳥居家に全権が委ねられている事も。 だからこそ、今ここにいない優の両親の代わりに、鳥居親子が状況説明を受ける事になった。 いつか訪れる最悪の事態に心の準備はしている。 それでも、医師の診断が告げられる時は、いつもいつも息が出来なくなるほどの緊張感が飛鳥を襲う。 「まだ優君が幼い頃。15歳まで生きるのは難しいと言いました。それは覚えていらっしゃいますね」 内藤の言葉に、鳥居親子は同時に頷く。 それを見た内藤は、一度嘆息した後、静かに言葉を告げた。 「今回はなんとか保ちましたが、あともう一度大きな発作が起きたら、優君の体は保たないでしょう」 飛鳥はその瞬間、全身に走った痺れのような衝撃に息を飲んだ。 体が保たない。それはイコール、優が死んでしまうという事に他ならない。 いつか来るとは思っていた。でも、もしかしたら来ないんじゃないかとも思っていた。 優の死の宣告。 なんとか自分を落ち着かせようとしても、大腿の上に置いていた拳の震えが止まらない。 だが、さすがに飛鳥の母親は落ち着いていた。大人として色々な経験を積んできた証だろう。なんの動揺も見せずに、これからの事を内藤に相談し始めている。 飛鳥は、そんな頼もしい母親に姿に全てを委ねる事しかできない自分が、悔しくて情けなくて…。 一度も口を開く事が出来なかった。

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