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蒼穹希心8

†  †  †  † 発作を起こした日から5日後の木曜日。 3連休に続き、火・水と学校を休んでいた優は、周囲には入院していた事を告げずに風邪を引いたと偽って、ようやくいつもの日常生活に戻った。 5日間しか離れていなかったのに、月城学園の校舎がやけに懐かしく感じる。 病院にいれば安心はするけれど、こうやって学校生活を送る幸福感には敵わない。 一学年上の為に教室が別々になる飛鳥は、教室に入っていく優の姿を最後まで心配そうに見ていた。 そしてそこから更に4日後の月曜日。 優は、9日前に発作を起こした事が嘘のように、今まで通りの穏やかな生活を送っていた。 あれ以来、必要以上に過保護になった飛鳥を宥めるのが大変だという事を除けば、本当に普段通りの生活。 勉強も楽しいし、友達との会話も面白い。そしてご飯も美味しい。 これ以上の幸せを望んだら、バチがあたってしまう。 体育の授業だった為に図書室で自習をしていた優は、ノートにペンを走らせながらそんな事を考えて小さく笑みを零した。 だが、ふとその手を止める。 …これ以上の幸せを望んだら、ダメなんだよね、きっと…。 脳裏に浮かんだのは、ただ一人。 神崎宇宙。 どう自分を誤魔化そうとしても、彼の心を望んでしまう気持ちは打ち消せない。 彼には、天原さんという相応しい相手がいる。 そうわかっているのに諦められない自分が、本当にどこまでも我が儘に思えて…。 「…馬鹿だな…僕は」 独りポツリと呟いた。 「今更なに言ってんだよ」 突然、優の呟きに返事が返ってきた。 …この声は…。 嬉しくて胸が震える。 言葉を交わせるだけで、こんなにも嬉しくなる。 顔を上げて本棚の並ぶ奥へ視線を向けると、手に持っていた本を棚に戻した宇宙が歩み寄ってくる姿が見えた。 「俺に近づいてくる時点で、千秋は馬鹿だろ」 自分から話しかけてくるなんて本当に珍しい。 例え言っている内容が失礼でも、宇宙の目を見ればそれが本心から馬鹿にしたものではないという事がわかるだけに、怒る気持ちも湧かない。 それどころか、こんな軽口をきいてくれる事が嬉しい。 いつもだったら、こんな風なやりとりをする機会は滅多にないと、ここぞとばかりに宇宙に話しかけただろう。 でも、そうはできなかった。 神崎君には好きな人がいて、そしてそれがあの天原さんで…。 どうあっても入り込めない現実を知ってしまった今は、もうこれまでのように何も考えずぶつかる事が出来なくなってしまった。 …やっぱり、僕じゃダメなんだよね…。どれだけぶつかっていっても、僕の声は神崎君には届かないだろう…。 「…千秋?」 いつもとは違う様子に、宇宙がいぶかしむ様な眼差しを向ける。 何も言わずに、ただ俯く。宇宙を前にして、優がこんな態度を取るのは初めてだった。 …本当は、名字じゃなくて名前を呼んでほしい。 片想いだってわかってても、どんなに冷たくあしらわれても…、本当は優しくて心のどこかに傷を負っている神崎君を、どうやっても嫌いになれない。 でも、どれ程自分が神崎君を想い続けても好きで居続けても、きっと神崎君が僕を好きになってくれる日は来ないんだ。 …天原さんには、敵わないよ…。 もう、本当に諦めるしか…ないのかな。 頭の中に渦巻く希望と絶望。 ノートと教科書を纏めて立ち上がった優は、すぐ近くまで来ていた宇宙に抱きついてしまいたくなる気持ちを必死でこらえ、その場から歩き出した。 どこかおかしい優の様子に一度は呼び止めようと唇を動かした宇宙だったが、結局何も言わず、図書室を出ていく後ろ姿を見送るだけに留めた。 今ここで呼び止めて、自分に何が言える? 優が自分を見つめる瞳の中にある、明らかな恋慕の情。 わかっていてもその手を取れない自分には、呼び止める資格はない。 妙な胸騒ぎを感じながらも、宇宙はただその場に立ち尽くした。

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