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蒼穹希心9
† † † †
そして数日後。
運命の時は来た。
「そういえば千秋君、この前からずっと学校休んでるよね。また風邪かな?」
「でも、この前来た救急車、運ばれたのは千秋君だって言ってた子がいるけど」
廊下を歩いている途中で宇宙の耳に飛び込んできた噂話。
千秋が救急車で運ばれた?
体が弱いのは、中等部の頃から知っている。
救急車で運ばれたなんて…、真実味がありすぎて疑う事が出来ない。
考えてみれば、最低でも3日に一度は自分の前に姿を現していたはずの優が、もう5日は会っていない。
宇宙の心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
酷く嫌な予感がする。
その宇宙の“嫌な予感”は、見事に当たる事となった。
次の日の放課後。
宇宙は、職員室から出てくる鳥居飛鳥の姿を見かけて、思わず声をかけた。
「鳥居さん、今いいですか?」
「…神崎…」
宇宙の姿を見た途端、飛鳥の眉間に皺が寄る。今までの事を考えれば当然の反応だ。
それでも宇宙は構わずに目の前まで歩み寄った。
「千秋が救急車で運ばれたって聞いた。本当の話なのか?」
「…それを聞いてどうする」
飛鳥にしてみれば、今まで散々優の事を無視しておきながら、今更何を気にかける必要がある…、と言いたいのだろう。
宇宙は宇宙で、それを聞いてどうする、と問われ、答えを返せないまま口を噤んだ。
聞いてどうするのか、自分でもわからない。ただ、不安でしょうがない。
何の反応もない宇宙の様子に苛立ったのか、飛鳥が鋭く言葉を放った。
「今、優の休学届を出しに来た。休学といっても、もう優は学校に来ないだろう。今までみたいにお前を煩わせる事はなくなるから、安心しろ」
辛辣な飛鳥の言葉に、宇宙は目を見張った。
休学届なのにもう来ないとは、どういう事?
「…それは、どういう意味だ」
戸惑いの色を浮かべて問う宇宙の顔を無言で見つめた飛鳥は、その間に何を思ったのか、それまでとは違うどこか疲れたような空気を醸し出しながら溜息を吐いた。
「優は生まれつき体が弱い。医者には15歳まで生きられないと言われていた。でも俺達は、最近の優の調子が良かったことから、大丈夫なんじゃないかと油断してたんだ。…でも…」
一旦言葉を切った飛鳥の顔は、苦渋の色を浮かべて宇宙から視線を外した。
「…でも、それは間違いだった。学校には知らせていないが、少し前、優は発作を起こして倒れた」
「…な…っ…」
告げられた真実に、宇宙は息を飲む。
そして、図書室で会った時の様子のおかしさを思い出した。
あれは、発作の後の事だったのかもしれない。
「その時、医者に言われた。次に大きな発作が起きた時、もう優の体は耐えきれないだろう、と」
重すぎる真実。
宇宙は、自分の手をグッと握り締めた。そうでもしないと、全身が震えそうになる。
今の言葉と優の休学届。この状況から導き出される答え、それはただ一つ。
優にその“次の発作”が起きてしまった、という事。
「…千秋は、今どこに」
真剣な宇宙の視線を受け止めた飛鳥は、ゆっくりと首を横に振った。明らかな拒絶。
「お前には教えない」
「なんで…、鳥居さん!!」
掴んでこようとした宇宙の腕を思いっきり振り払った飛鳥は、それ以上何も言わずにその場から走り去った。
後を追いかけようとすれば追いついただろう。
だが、宇宙は敢えてそれをしなかった。
あそこまで拒絶するからには、飛鳥には飛鳥のなりの考えがあるはずだ。
そこを無理に押しても、曲げる相手ではない。
こうなったら、千秋のいるだろう病院を自分で探してみせる。
襲い来る不安を振り切るように、宇宙の足は動きだした。
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