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第5話
伊織が、東吾と出会ったのは2年前の夏。
下田 教授のTAを始めた頃だった。
家庭環境と派手な見た目から、人とあまり良い関係を築けなかった伊織。
それは、大学に入っても変わることはなかった。
伊織は、美しい自分の容姿に寄ってくる人間を全て無視し、常にひとりだった。
他方で、伊織は勤勉だった。
幼い頃から父親に、
『知識は裏切らない、必ずお前を助ける』
と言われ、多くの本を与えられた。
その教えに従った伊織は、常にトップクラスの成績。
大学に入ると、その勤勉さに拍車がかかり、伊織はよく教授のところに質問をしに行った。
そんなある日、ひとりの教授が伊織に声を掛けてきた。
「英君、私の講義の資料作成を手伝ってくれないか」
その教授・下田 進 は、社会学部の伊織とは全く関わりのない教授だった。
これまで、伊織に声をかけてくる者の多くが下心込みで、それは、伊織より年上の人間であっても然りであった。
怪しんだ伊織だったが、下田が専門としている自然科学に興味を持っていた。
もし何かあれば大学に訴えればいい。
そう思った伊織は、下田に二つ返事を返した。
蓋を開けてみれば、伊織の心配は杞憂に終わった。
根っからの研究者だった下田は、伊織を邪な目で見ることは一切なく、伊織もまた、下田が話す研究の話が面白く、下田の研究室に入り浸っていた。
そして、伊織が下田の研究室にいるとき、必ずと言っていいほどよく現れる人物がいた。
「下田教授、前回の課題についてなんですけど……」
それが、小野寺 東吾 だった。
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