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第8話
付き合いだしたからといって、二人の関係が変わるわけではなかった。
優しい東吾と天邪鬼な伊織。
いつも通りの日常を過ごす。
ただ、二人きりになると、
「伊織、愛してる」
東吾が甘い言葉を言うようになった。
伊織はその言葉を聞くたび、嬉しすぎて胸がいっぱいになり、何も言えなくなった。
東吾に真っ赤に染まる自分の顔を知られないよう、すぐさま俯いて、その余韻をやり過ごす。
東吾のことが大好きなのにひねくれたもの言いしかできず、東吾のことを愛しているのに何も言えない。
甘い優しさをくれる東吾に、何も返せていない自分が苛立たしかった。
そして伊織は、その大好きな人に言えない気持ちを、本人ではなく全くの他人に言うようになった。
「ママ、聞いて!今日の東吾も、ホント素敵でさ、もうどうにかりそう!」
「ママ、見て見て!この東吾、ちょー可愛いくない!」
「ママ、俺、東吾が愛おしいすぎてつらい!」
それが、親友の母親、美子だった。
「もー、いっちゃんの"東吾"君好きは分かったから」
幸せいっぱいで惚気る伊織に、美子は少しばかり呆れながらも、息子のような青年が可愛くて仕方がなかった。
ただ、天邪鬼な伊織に忠告もしていた。
「でも、いっちゃん。ちゃんと"東吾"君にも言ってあげなさいよ」
「素直にならないと、幸せは長続きしないわよ」
美子が言った言葉は、
「……うん、分かってる」
その後すぐに、
「……分かってるよ」
現実のものとなった。
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