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第9話

"CLOSE"と書かれた札が下がっているにもかかわらず、そのドアは勢いよく開かれた。 「ただいまー!」 「おかえり」 「おかえりなさい、伊織さん」 伊織の帰宅に返事をするのは、主人の美子とバーテンダーの晴大、そして、 「イオ、おかえり」 「オカエナサイ、イッチャン」 伊織の親友で美子の息子でもある坂本(さかもと)美親(よしちか)と、そのパートナーのダニエル・テイラーだった。 「チカ、ダン!?」 思わぬ人物に伊織は声をあげた。 「えー、いつ帰ってきたー?!逆に、こっちがおかえりなさいだよ!!」 伊織は、飛びつくようにして美親に抱きついた。 「い、イオを、驚かせ、よ、と思って」 「驚いた!驚いたよぉ〜!」 「イオ、く、苦しい」 「あ、ごめんごめん!!」 嬉しさのあまり、力一杯抱きしめていた伊織は、慌てて美親から離れた。 すると、美親の隣りにいたダニエルが、笑顔で両手を広げた。 「イッチャン!」 「DAAAAAN!!」 伊織は美親にしたのと同じように、ダニエルに力一杯抱きついた。 一般的な日本人体型の美親と異なり、屈強なダニエルはビクともしない。 「Long time no seeeee !!」 「Uhhh, great to see youuuuu !!」 逆に、大きな体を丸め、伊織の肩に頭をグリグリと押し付けるダニエル。 「Da, Dan...I, I ca, can't ...br, breathe...」 「Ohhh, sorryyy!!」 今度は、ダニエルが慌てて伊織から離れ、二人は顔を見合わせ笑った。 「それよりも、イオ!!」 美親は椅子に座ると、ポンポンと隣りの椅子を叩き、伊織に座るように促す。 「"トーゴ"の話!」 美親の言葉に、椅子に座ろうとした伊織の動きが止まる。 「付き合いだしたって言ってたじゃん!俺たちがいる間に、絶対紹介してよ!!」 目を輝かせている美親に対し、美親の隣りに座ったものの俯く伊織。 「えーっと…」 伊織は、俯いたままなんとか声を出す。 先ほどの賑やかな雰囲気が一転したことに気づいた美親。 カウンター越しに、美子と晴大に目をやると、二人ともなんとも言えない複雑な表情をしていた。 「イオ……」 察した美親の不安そうな声に、ダニエルが心配して美親の肩を抱く。 「実は、1週間前に、別れちゃった!」 伊織は俯いていた顔をパッと上げ、つとめて明るい声で言った。 「マジ、まさか、こんなすぐにフラれるとは思わなかったよ!付き合って…3か月ぐらい?好きな人が出来たんだって!え、何それって感じじゃね?」 しんとした空間に、伊織の明るい声が虚しいほど響く。 「まぁーでも、あんな社交的な奴なんて、ハナから面白半分だよね〜!逆に、アイツに俺みたいなハイスペック、勿体無い勿体無い!あーあ、マジになって損した!」 「……イオ」 面白そうに話す伊織の顔に、そっと右手を伸ばした美親。 「ホント、あまのじゃくだね〜、イオは」 美親は、笑顔で伊織の頬を撫でる。 「自分の涙に気付かないぐらい鈍感じゃないでしょ?」 真顔になった伊織の顔に、一筋の涙が流れていた。 「やっと泣けたんだから、もっとしっかり泣かないと」 柔らかく笑ったまま、伊織の頬を伝う涙を拭う美親。 「……チ、カ…」 伊織は堪えるような顔で、美親の胸に頭を預けた。 美親はゆっくりと伊織の背中に腕を回す。 ただ腕を回してるだけの抱擁。 「……ホッ、トは、…別れ、たくっ、なかった。ま、だ、…っす、好きだっ、から……」 涙腺を決壊させた伊織は、そのまま小一時間泣き続けた。

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