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第12話

「今日は厄日か」 伊織は、誰にも聞こえないで呟いた。 「……伊織」 勿論、目の前の青年にも聞こえないほど、微かな声で。 午前中の講義が終わり、気になっていた科目の教授の所へ寄った伊織。 いつもと違う通路を通った伊織は、今一番会いたくない人物と出くわした。 「東吾」 一番会いたくない人物であるにもかかわらず、伊織の心臓はドクリと高鳴った。 「どうした…その目」 東吾は、まだ腫れのひいていない伊織の目を、じっと見つめる。 「別に」 泣いた理由を素直に言えるわけもなく、伊織は東吾の視線から逃れるように目線を横にやる。 それでも感じる東吾の視線に、伊織は居心地が悪くなった。 「別にって……そんなに腫れてて……どうしたんだ?」 「どうもしてない」 これ以上は無理だと思った伊織は、もと来た道を戻ろうと、(きびす)を返した。 すると、すぐに右手を東吾に取られ、バランスを崩す。 「な、何!?」 足を踏ん張り、なんとか倒れるのを回避した伊織は、振り向いて東吾を睨む。 が、そこには怖いくらい真剣な表情の東吾がいた。 「そんな泣き腫らした目見たら、何があったか気になるだろ!」 初めて聞いた東吾の怒鳴り声に、伊織は体を(すく)ませた。 怯えた伊織を見て、ハッと我に返った東吾。 「ごめん、言い方キツかったな…その……あまりにも腫れてたから…どうしてそうなったのか、気になって…」 すぐに声を柔らかくさせ、笑顔を作った。 だが、それがまた伊織の癪にさわった。 「離せ!!」 伊織は、東吾の手を思い切り振り払った。 今度は、東吾が驚く番だった。 「何かあったって、東吾には関係ない!!」 伊織の言葉に、東吾は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに自嘲する。 「……そうだな、俺には関係ないな」 振り払われた手を見ながら、東吾は呟いた。 二人の間に気まずい雰囲気が流れる。 「俺の心配するより、彼の心配しなよ」 それを破ったのは伊織だった。 「彼、今日の講義で答えれなかったから、たぶん落ち込んでると思う」 東吾は、パッと伊織を見る。 「聡史(さとし)のこと、知ってんの?」 「あんな馬鹿みたいに目で追ってたら、誰でも気づく」 どうでもよさそうな声で言う伊織は、決して東吾を目を合わせない。 「じゃ」 そして、足早にその場を後にした。 「はぁー……」 伊織は、歩きながら大きなため息をついた。 泣き腫らした俺の目を見て、心配してくれた東吾。 嬉しかった。 なのに、やはり天邪鬼な自分はあんな態度しかとれない。 しかも、東吾のこと諦めきれてないのに、彼と親密になるようなこと言うとか……。 「ホント、俺、何やってんだろ」 伊織は、歩きながら静かに涙を流した。

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