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第16話
翌日。
伊織は講義の合間、東吾を探した。
が、
「……ったく、どこいんの」
会いたくないときに出くわし、会いときには見つからない。
今朝、美子の家を出るとき、美親とダニエルに勇気づけられた伊織。
そんな二人を見て、自分を鼓舞して大学へやってきた伊織だったが、今はその勢いもしぼんでいた。
伊織の頭に、嫌な思い出がよぎる。
伊織は軽く頭を左右に振り、深呼吸をした。
「……違う、……東吾は先輩や……お母さんじゃない」
昨日美親に言われた言葉を呟いて、気持ちを入れ直した伊織は、再び構内を駆け回った。
講義室、学食、下田教授の研究室、図書室、コンピュータールーム、人が集まりそうな所。
かなりの場所を探したが、東吾を見つけることは出来なかった。
行き違いになったのかもしれない。
タイミングが悪かったのだろう。
ほんのりと赤く染まり始めている空を見上げた伊織。
今日のところは諦めて帰ろう。
伊織がそう思ったとき、前方に探し求めていた背中が目に入った。
いた!!
見つかった嬉しさも相まって、伊織は目を輝かせた。
少し距離があったので、伊織は口元に片手を当て、自分の声が届くようにして口を開いた。
「と「東吾先輩!!」」
伊織の声をかき消すように、明るく東吾の名を呼ぶ声が響いた。
そして次に伊織の目に映ったのは、呼ばれた声の方に顔向け、柔らかく笑う東吾だった。
東吾のもとに駆け寄った小柄な青年もまた、少し息を弾ませ東吾を見上げ笑っていた。
東吾との距離が歩幅1歩分もない青年に対し、10m程離れている伊織。
今の、自分と東吾の距離が現実なんだ。
ため息をついた伊織は、仲良く並ぶ二人の背中に向かって、
「……東吾なんか、大っ嫌い」
ぼそりと呟き、すぐさま回れ右をした。
本当なら、自分の気持ちを伝えるつもりだった。
東吾が、聡史 と付き合っていようとも。
けど、あんな二人を見て、何が言える?
わざわざ呼び止めて、何を言える?
一日中走り回った疲れが今になって足にきた伊織は、思わずその場にしゃがみ込こみそうになった、そのとき。
「ッ!?」
グッと右腕を引っ張られ、バランスを崩した伊織。
そのまま後ろに倒れ、しっかりとした躰にぶつかる。
"何だ!?"と思いながら、ぶつかった人物を確認するため伊織が顔を上げると、そこには、
「……東吾」
無表情で伊織を見つめる東吾の顔があった。
そして、
「ちょっ、東吾!?」
伊織を引っ張るようにして足を進めだした。
伊織は、足がもつれそうになりながらも、こけないようになんとか動かした。
つい先ほど遠くで見た背中が、今は伊織の目の前にある。
訳が分からない伊織は、思わず後ろを振り返ると、ギンガムチェックのシャツ着た青年がこちらの方を見ていた。
距離があるにもかかわらず、射るような彼の視線。
「痛い、東吾!!」
そんな彼の視線から逃げるように前に顔を戻した伊織は、強く握られた右腕の痛みを東吾に向かって訴える。
しかし東吾は伊織を無視し、むしろピッチを早め研究棟の方へ向かった。
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