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第9話

「……双葉?」 自殺未遂。 瞬時にその言葉が脳裏を(よぎ)る。 しかしその不安は直ぐに払拭された。 「……」 双葉は手鍋に差したお玉をくるくると回し、スープを温めていた。 用意された器はふたつ。 ……もしかして、俺の分……? 双葉は、変に気遣う所がある。 俺が長居したせいで、食事の心配でもしてくれたのだろうか。 ローテーブルに、湯気の立つスープがふたつ。 相向かいに座れば、双葉の唇が小さく動いた。 「……これ、和兄(かずにい)が作ったの」 まだ虚ろではあるものの、双葉の瞳に少し色が戻っている。 「少しでも良いから食べろって……言って」 「………」 俺は、否定も肯定もしない。ただ、口角を上げて双葉に微笑むだけ。 「……泣いてた。和兄。……僕のせいで。 だからね、もう、悠の事は忘れた方がいい……忘れなきゃって思ってるのに…… ……全然、忘れられなくて…… 苦しくて……」 ぽろぽろ、と大きな瞳から、綺麗な涙が零れ落ちる。 その涙を拭ってやりたい衝動に駆られるものの、そこまで踏み込んではいけないような気がして。 「忘れなくていいよ」 双葉が、驚いた顔をして見せる。 受験番号を記入し忘れた時みたいに、大きな瞳を更に見開いて。 ……そんなにしたら、涙よりも瞳が零れ落ちるって。 「……そんな簡単に忘れたら、悠が可哀想……でしょ?」 少し、意地悪だったかな。 でも双葉は、どんな状況でも悠を忘れたりはしない。 だったら、良い思い出に変えていくしかない。 「………」 「まぁ、俺が双葉なら………ここを引っ越すかな」 ぐるりと部屋を見回しながら、独り言の様に言う。 きっとこの部屋には、悠との思い出が沢山詰まっている。 悠の私物も当然ここにある。 それらと一度向き合って整理していけば、自然と気持ちも整理できていく筈。 「………」 双葉の目が伏せられる。 だけど、先程までの瞳とは明らかに違う。 双葉なりに、一歩を踏み出そうとしている様に感じる。 ……双葉、安心しなよ。 俺はいつでも双葉の味方で、双葉の傍にいて見守っててやるから。

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