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第10話

* それから半月が経ち…… 悠が住んでいるアパートの管理会社から連絡が入った。 プライバシー保護の為に渋られてはいたものの、戸籍謄本の写し……俺が悠の兄である証拠を見せれば、小声で退去予定日を教えてくれた。 その予定通り、本日立ち合いがあるという。 俺は、淡い期待をしつつ悠のアパートへと向かう。 丁度、管理会社の車が駐車場から出た所だった。 悠の部屋の前に立つ細身の女性が、その車に向かって深々と頭を下げている。 「………!」 その女性が顔を上げた瞬間、苦いものが喉へと込み上げた。 「……大輝くん、だったわよね」 目尻の上がった細い瞳が、俺を捉える。 全体的に薄い顔立ち。和風美人というのだろうか。俺には能面にしか見えないけど。 カッチリとしたスーツ。カッチリとアップされた黒髪。知的で堅い雰囲気のこの女性は、悠の母親だ。 「あ、はい」 ヘラっと笑いながら答える。 「……悠なら、家にいるわよ」 「………」 鋭い視線を向けたまま、女性は淡々と言った。 ……うちに来られるものなら来てみなさい。 挑発的な目付きに、決して俺は屈しない。 「じゃあ、これからお邪魔しますね」 「……!」 敵意の目は俺にではない。 俺を通して、俺の母に向けられている。 水商売をしていた母は、母目当てで店に通う父と恋に落ちた。 お互いまだ独身で、恋人もいない状態で……本来なら、何の障害もなかった。 そのうち母が俺を身籠もり……結婚というものを意識するようになって…… ……だけど父の両親が、水商売の女との結婚を許さず、猛反対の末……二人は引き裂かれた。 父は、親の決めたこの能面女性と婚姻を結ぶ代わりに、俺を認知する事を許して貰ったのだという。 何の因果か……クラスのつまはじき状態だった俺に唯一声をかけてくれたのが、悠だ。 初めて悠の家に遊びに行った時、まだ何も知らない幼気(いたいけ)な俺に、敵意剥き出しの目を向けたこの人を……俺はこの時、好きになれないと感じていた。 ……恐らく、それは一生涯。 笑顔を崩さず軽く頭を下げ、女性に背を向ける。 「……待って」 一歩踏み出した時、首根っこを掴まれた様に呼びとめられる。 「何処かで少し、お茶でも……どうかしら」 「………」 予想外の科白に驚いて振り返る。 瞳は相変わらず鋭いものの……その視線に敵意はあまり感じられなかった。

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