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第12話
脇に置いた鞄を手にし、女性が伝票を持って席を立つ。
「……どうも。ご馳走様です」
柔やかな表情で告げれば、女性は俺を蔑んだ冷たい瞳で見下ろした。
「………大輝?」
チャイムの後、顔を出す双葉の雰囲気が少し違っていた。
「うん。……ベッド借してね」
「……あ、えっと……今、少し散らかってて」
俺の言葉に、直ぐ返事が返ってくる。
玄関で靴を脱いでいた俺は、驚いて双葉の顔を見た。
「ごめんね。すぐ片付けるか……」
──無意識だった。
双葉の腕を引き、抱き寄せる。
痩せ細ってはいるものの、双葉の魂がここにちゃんとあるのを感じる。
あったけぇな……
触れた肌から熱が伝わり、冷えた心を次第に溶かしていく。
ふわりと纏う、双葉の匂い。
息遣い。
双葉の全てが、俺の尖った精神を……正常に戻していく……
「……大輝?」
双葉の手が俺の脇腹辺りに添えられ、少し戸惑った声を上げた。
「………眠、」
「えっ、ま……待ってて……」
言い訳じみた俺の言葉を真に受けて、双葉が服を引っ張る。
……やっぱり、双葉だ……
俺の好きな双葉が、ここにいる……
離れようとする双葉を離すまいと、ギュッと腕に力を籠める。
そして首筋に顔を埋め、その白い柔肌に、唇を……
「──!」
今、俺は何をしようとした……?
ハッと我に返り、顔を離す。
そこには、まだうっすらと残った索状痕。
生命に終止符を打とうとした、残酷な刻印……
「………」
「大輝、どうかした……?」
頭が働かない俺に、双葉が心配そうな顔を向ける。
「………」
たった……
たったひとつ、想いが成就されなかったというだけで。
……どうしてその苦しみを、実の子供にも押し付けるんだ………
そのせいで、双葉は、
もしかしたら………
「……カルピス、置いてる?」
「え……?」
「俺の眠気覚まし」
至極真面目な顔をして言えば、俺の突拍子のない台詞にキョトンとした顔をしてみせる。
双葉の事だから、俺が本当に眠気覚ましにカルピス飲むとか………信じたよな、その顔。
……可愛くて、可笑しい。
「眠気覚ましになるか解らないけど……コーヒーなら、あるよ?」
クリクリとした純粋な瞳が、俺を真っ直ぐ見つめる。
やっぱ面白い。
……双葉、それが普通だからね。
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