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第9話
今日はスタジオを予約しているから、バイクで仕事場から直行している。
齋川は俺のベースも持っていってくれると引き受けてくれたのでこうやってバイクで楽に行ける。
電車に乗るより、1時間は早くつけるからな。
一緒に住んでいて有り難いことだらけだ。最初は押し掛けみたいな感じで迷惑でしかなかったんだが。
時間より少し早くスタジオに到着して、バイクを停めて地下に続く階段を降りていくと、既に齋川が到着しているようだった。
他のメンバーはまだ着てはいないようだ。
「お、早いな……」
「あ、ミカちゃん。思ったより早かったんだね。ベース、ここにあるよ」
「あ、ああ。悪ぃな。助かった」
ロビーの椅子に座っている齋川に近づいていくと、にっこりと満面の笑みで迎えられた。
「先に入って練習してる?前のヒトキャンセルみたいで、半額で貸してくれるって」
「マジか!!」
「もう交渉はしておいたよ。オレも声出したかったから、1人でも歌ってようかなって」
肩をポンッと叩かれて齋川は、話がわかるねと言うとスタジオの中に入っていく。スタジオの扉は防音なので、かなり固くて重い。
齋川のやさ腕ではキツイだろうと思って先に開けてやると、嬉しそうな顔で見上げられる。
「ミカちゃん、やっさしいよね。そういうとこ、ホントに……」
部屋に入る手前で立ち止まると、俺の耳元に唇を寄せる。
「可愛いよ」
と、低音ボイスで囁かれて、背筋からビリビリと痺れが脳まで駆け上がってくる。
これ、は、なんだ。
股間がジクっと熱をもって、むず痒いような感覚がする。
「ばっ、な、な、何いってやがる」
声がワントーン裏返ってしまい、俺は慌ててロビーに戻って、立てかけてあるベースケースを担いだ。
な、なんだ。
この反応はおかしいだろ。
女の子を押し倒した時とか、キスした時とか、そういう時におこる反応であって男に囁かれておきるのはおかしいだろ。
別に男相手にそんな気にならないとかは、絶対にありないとは言いきれない。
そんな気になりそうになったことも、まあ、なきにしもあらずだ。
いや、でも……。
そんなに、俺はあの声に……。
だとしたら、有り得なくはないけど。
大きく息を吐き出して、体内の熱を冷ましてから、平静を装って部屋の扉を開くとマイクを手にしている斎川から遠めのアンプの前に陣取った。
「あれ、ミカちゃん。そっちギターのヤツだよ」
「あ、ああ。ま、間違えた」
どう考えても間違えるわけがないのだが、俺は本当に焦っている。
ケースからベースを取り出して、コードとエフェクターを出すと、いつもの位置にセッティングする。
「何かさ、ミカちゃん?オレのこと意識してるの」
屈んでガチャガチャとやっていると、近寄ってきた齋川が、指先で俺の背筋をつつつとなぞる。
ちょ、っとまて。
これは、アレだ。
まるで、セクハラをされているようだ。
「意識ッて、何をだよ。つか、くすぐってえ、やめとけ」
「やめたげてもいいよ。その代わりに、オレだけの曲書いてよ」
齋川も身体を屈めて俺の顔を覗きこんで、指先で俺の背中にのの字をかいて、ねっとか言って耳に唇をくっつける。
「はあ?!」
これは、絶対にセクハラ以外のなにものでもない。
「はやく、今作って」
まるでハンバーグを強請る子供のように、俺の肩を掴んでゆする。
「んな、簡単につくれるか、やめろ、セクハラは」
「ヤダなあ。男同志でセクハラなんてあるわけないじゃない。あ、でも……ミカちゃんのミカちゃん、おっきくなってる」
「ふ、ざ、けんなッ」
指先でつんつんとされて、俺は思わず手にしていたベースで、齋川の腹を殴っていた。
その後、とりあえずメンバーが着て練習はした。
結果的に、齋川が腹へのダメージで腹式呼吸が上手く出来ないと言って、歌抜きでの練習となった。
メンバーからは文句は言われたが、あんなセクハラをしてきた齋川がいちばん悪いだろう。
バイクで不貞腐れた齋川を乗せてアパートまで帰りつく。
「どう考えても、オマエのせいだろ」
背負ってくれていたベースを取り上げて、肩に担いでアパートの階段を登ると、後ろからついてきた齋川が俺の肩を掴んだ。
「ミカちゃんが、すごくエロイ顔してたのが悪い」
グッと肩に頭を乗せて耳元に息を吹き込まれて、俺は身体を強ばらせた。
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