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近づく 1
いつもなら殆どの確率で彼は横を向き、隣の彼氏と笑いあって通り過ぎてしまうのに、今日は一人で黙々と歩いてくる。
その光景が切なかった。
でも独りで歩いて来ることは想定していたので、驚きはなかった。
むしろ、ほっとした。
昨日あんなに激しく泣いて……
ひとりで家に帰ることは出来たか。
ひとりで起きられたか。
朝食はちゃんと食ったか。
家を定刻に出られるか。
会社に休まずに行けるか。
実は朝から、そんなことばかりグルグルと考えてしまった。
芽生を起こし朝食を作りながら、制服に着替えさせながら……
彼は子供じゃない。いい大人で社会人なのに、どうにも放っておけない人だった。
好きな人がいると、こんなにもありふれた日常風景が、違って見えるものか。
彼がゆっくりと坂を下り、俺が立つ公園に近づいてくる。
公園の樹々からの木漏れ日がまるでスポットライトのように彼に降り注ぎ、新緑の緑の匂いがむっと立ち込めた。
俺は柄にもなくかなり緊張していた。
どうか……気付いてくれ。
いい歳して少しの力が足りない俺に、一歩踏み出す勇気を与えて欲しい。
彼はお母さん達の中に男ひとり佇む俺のことを、最初は不思議そうな顔でぼんやりと眺めていたが、その後少し目を細めてじっと真剣に見つめてくれた。
昨日公園で出逢った俺は、ここにいる!
とにかく念力でも送りたい気持ちだった。
やがて、あっと驚きの声がバス停にまで届いた。彼が俺のことをしっかり認識してくれたのが分かった。
真正面から見ると男性に失礼な形容かもしれないが、本当に可愛い顔をしているなと。
やっぱり泣き顔よりも笑った顔の方が断然似合うよ。
見開いた黒目がちの大きな目。
通った細い鼻筋、薄く開いた淡い色の唇。
彼は野に咲く花のように、軽やかで可憐だった。
俺は嬉しさのあまり、子供みたいに手を頭上にあげてブンブンと振ってしまった。
「あら!滝沢さんってば、もしかして脈ありじゃないですか」
「彼、驚いているわね。なんか可愛い~」
俺が手を振ったことで周りのお母さん達も一斉に彼の方を見たので、彼はたじろいだ様子で一歩また一歩と退いてしまった。
あぁ!ダメだ!これじゃチャンスが逃げてしまう。
いよいよ俺の方から歩み寄る番だ。
「やぁ!やっとこっちを見てくれたね」
声を大きく張り上げて、一歩また一歩と近づていく。
「きゃあ~頑張ってー」
背後からはお母さん達の黄色い声援が聞こえる。おいおい……これでは逆効果じゃ。
とにかくここではない何処かで、じっくり話したいと願った。
俺と二人で。
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