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尊重しあえる関係 2
日曜日は掃除に明け暮れ、中途半端に残された一馬のものを処分しようと努力した。
一馬がこの部屋を出ていく最後の朝まで一緒に過ごしたので、洗面所には歯ブラシとコップが残されていた。あいつは最後に朝ごはんまで用意してくれたので(胃が痛くて食べられなかったけど)綺麗に洗って置かれていた一馬のマグカップや箸や茶わんなどは、まだそのまま食器棚に入っている状態だ。
「気を遣ってお前が捨てて行けよ」と文句の一つも言いたくもなるよ。
そうだ……もう捨ててしまおう、この部屋から悪いが出て行ってもらおう。そう思い分別ゴミ袋にまとめたのに、ゴミ捨て場に持っていくことが出来なかった。
これって一馬に未練があるのか。いや、多分そうじゃない。
僕は僕の恋を進み始めている。なのに……なんでだよ。
自分が情けなく感じ自己嫌悪に陥ってしまった。結局捨てきれず、あいつの部屋の空っぽのクローゼットに押し込んで片づけを無理矢理終わらせた。
目に見える所から消しただけでも一歩前進なのか……でも何だか煮え切らないな。もう早く寝てしまおう。明日になれば通勤途中の道で滝沢さんに会える。今はそれが待ち遠しい。
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「パパーいってきます!」
「おお!楽しんで来い」
黄色いスクールバスの窓から小さな手を振ってくれる息子を見送りながら、いつもと変わらない朝を迎えられたことに感謝した。以前だったらスリリングなことばかり求めた俺なのに、芽生とふたりで暮らすようになってからは、何も起こらないことの幸せを知った。
朝、布団の中の芽生が熱を出していないか。
作った朝ごはん、全部食べてくれるか。
笑顔で幼稚園に行ってくれるか。
友達と仲良く過ごし、笑顔で帰ってきてくれるか。
自然と零れる笑顔の尊さ。
平凡で平穏、それが一番有難いことだ。
芽生を無事幼稚園バスに乗せ、ホッとした。
さてと次は……いつも通り瑞樹があの坂道を下って来るのを待とう。
幼稚園のバス停でお母さん達と喋りながら、もうそろそろか、まだかとソワソワしだす自分に苦笑してしてしまう。
「滝沢さん~昨日は遊園地で偶然でしたね」
「あっコータくんのママさん。昨日はご配慮ありがとうございました」
「いえいえ、私たちは応援しているのでお安い御用よ。あっ噂をすれば彼の登場よ。ほらこんな所にいないで、早く行ってあげないと」
瑞樹……昨日一日会えないだけでも恋しかった。瑞樹は濃紺のスーツを着て、少し緊張した面持ちで歩いて来る。
「おはよう!瑞樹」
「あっ滝沢さん、おはようございます」
俺の声に弾けたように顔を上げ、にこっと柔和な笑みを浮かべてくれたのでほっとした。だがその一方で、金曜日にあんなことがあったせいで仕事に行くのに、些か緊張しているようにも見えた。ストイックな濃紺のスーツに真っ白なワイシャツが瑞樹の気持ちを物語っているようだ。
「今日も一緒に行ってもいいか」
「もちろんです!」
相変わらずの満員電車で瑞樹と向い合せに立つと、瑞樹の視線を一点に感じた。
んっどこ見てる?あぁ……唇か。ならばと、俺の方も瑞樹の形のよい唇をじっと見つめ返してやった。なんだかまるで視線だけでキスし合っているようでエロいな。ここは車内なのに、またあの唇をもらいたくなってしまう。
俺はさ……やっぱりあの四宮という男がしたことを中途半端なままにしてよかったのか未だに不安だ。今の瑞樹は彼と別れて傷ついてしまった分だけの隙がある。四宮だけじゃない。今後も瑞樹に近づく男は多かれ少なかれ似たように邪な感情を抱くかもしれない。だからこそ早く、早く全部俺のモノにしたくなる。もう一人で会社に行かせるのも心配な程だ。
そんな思念に支配されたせいか、つい気になっていることを訊ねてしまった。
「先日のことをだが、今日上司に報告するのか」
「あっ……それは行ってみないとなんとも……」
「そんなんで大丈夫なのか」
優しい瑞樹のことだから言わないで終わりにしてしまうのではと危惧する。
俺のそんな真剣な眼差しを感じ、瑞樹は真摯に受け止めてくれた。
「大丈夫になったんです。それは……滝沢さんのおかげです。土曜日が楽しかったので気持ちも切り替えられました。あの、またよかったら誘ってください」
「もちろんだよ!芽生も喜ぶよ。次は動物園にする?それとも水族館がいいか」
「ふふっ弁当を持って、原っぱで遊ぶのもいいですね。梅雨入り前の晴れ間って貴重なので」
「おお!そうだな。ふむ……弁当か。で、瑞樹は作れるのか」
「うわっすいません……僕の一番苦手な家事は料理なんです」
ペコっと申し訳なさそうに頭を軽く下げる殊勝な仕草が猛烈に可愛いじゃないか。電車がそのタイミングで駅につき、更に大勢の人が乗って来た。
「うわっ、痛っ」
「こっちに来い」
ぎゅーっと揉みくちゃに押される瑞樹の背中を庇うように、さっと背中に手を伸ばしこちら側に抱き寄せてやった。着ているスーツ越しに胸と胸が触れ合う程、俺たちは密着した。
朝のラッシュだ。殺人的な混雑なので誰も俺たちのことは見ていない。だから俺も構わず背中に回した手に力をこめて引き寄せてやった。
「たっ滝沢さん」
瑞樹の鼓動を近くに感じられた。それは俺と同じ速さだった。彼はそのままじっと俯いて黙ってしまったが耳が真っ赤に染まっているので、相当恥ずかしがっているのが分かる。
こうやって俺が触れることによって、過敏な反応を見せてくれる君が好きだ。
「料理は俺も得意とは言えないが、芽生の弁当も作っているから頑張るよ。じゃあ来週はあの公園にでも行くか」
「はい」
さりげなくデートの誘いをすると、快諾してくれた。
実に爽やかで、嬉しい朝だ!
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