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分かり合えること 7
「兄さん。じゃあ……行ってきます」
「おお!瑞樹、頑張って来い。スズランが届き次第ホテルに納入するから、いい子で待ってろよ!」
「クスッありがとう!今日も泊っていって」
「ありがとう。悪いがそうさせてもらうよ」
「いや、とんでもないよ。兄さんの役に立てて嬉しいし」
穏やかで優しい笑みを浮かべる瑞樹を、マンションの玄関で見送った。
その顔を曇らせたくなくて結局何も言えなかった。聞きたいことは山ほどあったが本当に何一つ……でも今はそれでいい。何があっても俺の大事な弟には変わらないのだから。
お前がどんな恋をしていようと……な。
必死にそう納得させるしかなかった。
しかし可愛い笑顔だったな。昔を思い出すぜ。
瑞樹が高校の頃はいつも俺が弁当作ってやって送り出してやった。学ラン詰襟姿の瑞樹、可愛かったよな。俺は完全なブラコンだ。まぁとっくに認めていることだが。
あーやっぱり、兄さんは寂しいぞ。
大事に育てたお前を寝取られた気分でさ!
****
「行ってきます」か……
久しぶりに朝、人に見送られたな。
たまに僕がウエディングの活け込みで休日出勤する時、一馬がパジャマ姿のまま見送ってくれたことをうっかり思い出してしまった。しかし昨日は兄さんに一馬の荷物を見られてしまい焦った。咄嗟に同居人の忘れ物だと答えたが……大丈夫だったかな。
一馬……あいつが一番身近で使っていたものばかり残していくなんて酷い奴だ。全く酷なことをしてくれる。あの冷蔵庫の手紙はキッチンの上棚に隠したけれども……もうそろそろ処分すべきなのかもしれない。
僕はそろそろお前の思い出から解かれようと思う。何故なら……滝沢さんが待ってくれていてくれるから。僕の気持ちが100%になるまで、根気よく待つと言ってくれた彼の想いにしっかり応えたい。
いつもよりずっと早い時間に駅へ向かうと、すれ違う人も皆違って違和感を感じてしまった。やっぱりいつもの時刻の朝の光景が懐かしいな。それに……恋しい。滝沢さんとバス停で会う瞬間をどんなに最近楽しみにしていたのか、しみじみと理解した。
職場に到着後、すぐに上司にウェディングの装花デザインの最終チェックを受けた。
「よしっ葉山。この一週間随分朝早く来て頑張っていたな。これならきっと新婦にも喜んでもらえるぞ。それに予算もよくここまで抑えられたな。急な変更だったのに、貴重なスズランをここまで大量に仕入れられるなんて驚きだ」
「ありがとうございます。函館から直送の一級品です」
「おぉ、函館のスズランか、本場のものは香りもさぞかしいいだろう。さぁ忙しくなるぞ。頑張って来い!」
上司にポンっと背中を押され励まされた。
今日は仕事に集中しよう!
昨日は兄さんが来てくれて、沢山話せて嬉しかった。
身内の温かさに久しぶりに触れ、元気をもらったのだから。
****
「あれっパパ~どうしたの?今日はお迎えはおばあちゃんじゃなかったの?」
「うーん、そうだけど、ちょっと仕事抜け出して来た。おいで、手を繋ごう」
「もう~甘えんぼうだな」
「えっ」
「パパー元気ないよ。どうしたの?」
幼稚園に芽生を迎えに行くと、ませたことを言われ苦笑した。こんなに小さな息子にまで、何もかも見通されて恥ずかしいもんだ。
今日は仕事が身に入らず、無性に芽生の顔を見たくなったんだ。それというのも林さんの余計な一言のせいだ。空港で瑞樹を見たという話しは俺の心に強烈なダメージを負わせた。
信じられない……瑞樹がそんなことするなんて。
一体相手は誰だ?抱き合って頬を摺り寄せていたなんて。
あの四宮の奴に触れられた時、あんなに怯えていた瑞樹が……そんなことをする相手って一人しかいない。それは瑞樹の元カレだ。まさか彼が戻ってきたのか。確か九州の実家に帰ったと聞いていた……だから空港なのか。その彼となら瑞樹も抵抗なく抱き合えるだろう。
嘘だろ……
考えれば考えるほど悪いことしか浮かばない。全く今まで俺がしてきた恋愛とは何だったのか。抱く男を適当に乗り換え、適当に遊んできた過去の自分が恥ずかしい。俺はあの時、相手の気持ちを考えたことがあったのか。本気になられた相手に「酷い!裏切りだ!」と泣きつかれたこともあった。
まさか……今、俺がそのことで苦しむとは……自業自得なんだ。瑞樹を責める権利なんてないのに……それでも……ショックだ。瑞樹には、本当に俺の心を揺さぶられる。
「もぉ~パパってばしっかりして。あーもしかしてお兄ちゃんとケンカしちゃったの?」
「……いやケンカしたわけじゃないんだが」
「そうなの。じゃあどうしてそんなにこわい顔してるの?」
「うーん、なぁ……芽生は大好きな友達のことを信じられなくなったことって、あるか」
こんな幼子に相談してどうするんだと思いつつ……芽生の綺麗な心なら、こんな時どうするのかを教えて欲しくなった。
「うーん、えっと、コータくんのことはボクはいつもダイスキだよ。だからコータくんがいじめたとかぶったとか、幼稚園でもたまにケンカになるんだけどね、ボクはコータくんがしてないっていったらそうだと思うんだ。みんながコータくんのせいにしても、ボクだけは信じてあげたいんだぁ」
何か幼稚園であったのか……芽生からは具体的な返事をもらえた。
そうだ……そうか……
俺が瑞樹のことを信じないでどうする?気になるのなら、この目で確かめればいい。人伝に聞いた話だけで完結するのは間違っている。
「芽生、今日はおばあちゃんちに泊まってもらえるか」
「いいよ。だって金曜日はいつもそうしてるし。あっ!おにいちゃんのところに仲直りしにいくんだね。パパはママの時みたいにカッとしたらダメだよー。怒るとこわいから」
玲子との喧嘩のことを言っているのだろう。そういう印象を与えていたことが申し訳なくなる。
「ははは、芽生はすごいよ。なんでも分かってるんだな。頼もしいぞ」
芽生の頭を撫でてから、高い位置で抱っこしてやった。
「わぁ!高い!」
「ありがとう。芽生。勇気をもらえたよ」
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