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分かり合えること 9

 瑞樹の部屋の前に立った時に、使っていないはずの左手の窓に明かりが灯っているのに違和感を覚えた。もしかして部屋を間違えたかとプレートを確認したが、そこはちゃんと瑞樹の部屋だった。  この部屋には、あの四宮に襲われて怯える瑞樹を迎えに来た時に一度だけ入らせてもらった。その時ちらっと見えた左手の部屋は、荷物も家具も何一つ置かれていなくてガランとしていた。だからそこは前の彼氏の部屋だったと理解していたのだが……  なんだか妙な胸騒ぎがして、焦ってインターホンを連打してしまった。  瑞樹……部屋には瑞樹だけしかいないよな。  だがそう願う気持ちは、無残に砕かれてしまった。  出て来たのは驚いたことに上半身裸で、肌に玉のような汗を浮かべている体格のいい大柄な男だった。胸筋も腹筋も盛り上がって逞しく鍛えられ……悔しいが……いい躰だ。  「なっ……」  絶句してしまった。この状況は一体どういうことなのか。  おいっ!この男は誰なんだ?  もしかして、こいつが瑞樹の前の彼氏なのか。バス停からは、いつも瑞樹のことばかり見ていて、相手の顔をよく見ていなかったことが悔やまれる。体格は大柄だったので似ているような気がする。  上半身裸でリラックスした装いの男も、俺のことを驚いた表情で見つめていた。俺のただならぬ驚きの表情に的を得たように言い放った。 「なんだ?あっもしかして……あんた瑞樹の彼氏か?へぇ……何だよ。思ったより老けてんな」  そう言われてムッとした。 「そういうあんたこそ、瑞樹の……」  その先は聞けなかった。とにかく瑞樹はどこだ?瑞樹の口からこの状況をちゃんと説明して欲しい! 「瑞樹はどこにいる?ちょっと上がるぞ!」 「えっおい!ちょっと待て」  ドンっとその男を押しのけて、ズカズカと廊下を突っ切りリビングに入って見渡したが、瑞樹の姿が見えない。あの日丸まって震えていたソファにもいなかった。 「瑞樹!瑞樹!どこだよ!」  つい大声を出してしまった。 「おい!いい加減にしろ?勝手に人の家に上がるなんて!お前……ストーカーか?もう別れた相手なんだろう。今更何しに来たんだよ」 「何だと?」  我が物顔で瑞樹の部屋にいる男が憎い。それに別れたって相手って、まさか俺のことなのか。瑞樹!どうして?何でいつの間にそんなことになった?俺たちまだ付き合い出したばかりだろう。まさか……こんなにも信じていた瑞樹に裏切られたのか。ギュッと胸が塞がる。 「あんたこそ何だよ!今頃ノコノコ出て来やがって!」  売り言葉に買い言葉。むしゃくしゃした気持ちが爆発してしまった。これは昔の俺だ。血気盛んで喧嘩っ早い……荒んでいた頃の俺の激情が蘇りもうセーブできない。 「なんだとぉ?お前こそっ大事な瑞樹を無残に捨てた癖に!今更何だよ!」  会話が少し噛み合っていなかったが、そんなことよりも爆発した感情がどうにもならないかった。瑞樹に振られ裏切られた悲しみに憤慨していた。だから気が付くとその男に殴りかかっていた。  油断していた男が俺のパンチを喰らってよろめいた。だが反撃はすさまじかった。ドンっと壁に押さえつけられ、腹部をドスンっと殴られた。 「くそっ!」  やられたらやり返す!もう止まらない。  思わぬ強い反撃に、俺の方も興奮し激憤していた。 ****  温かいシャワーを浴びて汗を洗い流すと、一日の疲れも落ちていくようで心地良かった。シャワーの水流が肌にあたる刺激が心地よくて、蛇口をひねり更に水流を高めた。 「はぁ……気持ちいいな」  今日は湯舟にゆっくり浸かるよりも、シャワーの勢いに身を任せて疲れを取りたい。  汗ばんだ髪を洗髪しベトついた身体を泡立てたスポンジでよく洗い流し、ようやく辺りに気を配る余裕が出て来た時、ドンっと壁が振動し、鈍い音が浴室に響いた。 「えっ何だろう。地震か」  慌ててシャワーを止め、耳を澄まして驚愕した。 (くそぉー) (コイツ殴りやがったな!)  え?なんだ?兄さんが誰かと言い争ってる声がする!  なんで……まさか強盗とか!兄さんに加勢しよう!  濡れた躰のまま浴室のドアをそっと開き急いでリビングの様子を確認すると、もっと仰天した。  兄さんが壁に押さえつけている相手に見覚えがあったから。  焦点があって動転してしまった。口がパクパクしてしまった。    な、なんで……たっ滝沢さんと兄さんが殴りあっているんだ?  状況がまるで呑み込めない。  でも兄さんはすごく強いんだ。ずっと合気道や柔道をやっていて武道の心得を持っているから、彼がコテンパにされてしまう!早く止めに入らないと!  兄さんの拳が振り上げる。  二人の間に向かって、僕は衝動的に走り出していた!  僕の方はシャワー中だったから何も身に着けていない真っ裸だったが……どんな格好をしているかとかそういう事よりも、とにかく滝沢さんを守りたかった!  「兄さん駄目だっ!その人は!」

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