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心の灯火 6

「瑞樹っ? おいっ大丈夫か」  俺の顔を見た途端、一瞬花のようにふわっと笑ってくれたのも束の間……そのまま俺の胸に倒れ込んでしまった。  慌てて瑞樹の躰を抱き留める。 「しっかりしろ!」 「すみません……実はさっきから……少し怠くて」  支えてやった躰は熱を帯びていた。それにスーツが湿って冷たい。どうやら俺の知らない所で今日の瑞樹には、いろいろなことが起きたのだと悟った。 「熱っぽいぞ」 「すみません。僕の家まで送ってもらえれば、後は何とかしますので」 「馬鹿なことを……遠慮するな。今日は帰せない。俺の家に連れて行くぞ」 「えっ……そんな……迷惑をかけてしまいます」 「いいから言うことを聞け。タクシーを拾って帰ろう。少し歩けるか」 「……すみません」  瑞樹は熱が高いようだった。おそらく体調が悪い中、雨に濡れたせいだろう。  幸い迎えに来た居酒屋は駅前だったので、すぐにタクシーに乗ることが出来た。車の後部座席にふたりで乗り込むと、瑞樹は俺が濡れないように空間を空け、しかも座席シートを汚さないように気を使いながら、前屈みに浅く座った。    はぁ……馬鹿だな。こんな時まで他に気を遣って。  瑞樹らしいといえばそうなのだが、病気の時位、自分を優先しろと言ってやりたくなった。だが今の彼は……それを言うのも憚られる程、辛そうだった。 「大丈夫か、もうすぐ着くからな」 「あの……せめて……タクシー代は」 「瑞樹、少し目を閉じていろ。俺の肩にもたれていいから」 「でも濡れてしまいます。宗吾さんが」  瑞樹のことが心配だ。そんなに周りに気を遣ってばかりで疲れないか。  君は……そんな風にしないと生きてこられなかったのか。  君を広い土壌で伸び伸びと育ててやりたい。そんな欲が沸いてくる。  俺の土壌に来いよ。一緒に風に揺られ太陽を浴びよう。  瑞樹の頭を引き寄せ、強引に肩に乗せた。 「さぁこの方が楽だろう」 「……すみません」  ****  瑞樹の体調は、家に着く頃になると更に悪化してしまったようで、タクシーから降りるのもやっとだった。そして俺の家に入るなり少し嘔吐してしまった。瑞樹はそのことに対していよいよ真っ青になり、粗相してしまったとブルブルと震える始末で、もう見ていられない。 「こんなの大丈夫だ。君は体調が悪いのだから気にするな」  実際、嘔吐には慣れていた。芽生をひとりで育てるようになってから散々経験済みだ。この冬にはノロウイルスにかった芽生の嘔吐を手でキャッチ出来た程だしな。あの時は流石にパニックになったが、本当に後処理の手際も良くなった。  とりあえず汚れたスーツの上着を脱がせ、熱はあるが雨に濡れた躰を流したいだろうから、シャワーを浴びるよう促した。瑞樹は朦朧としながらも泣きそうな表情を浮かべていた。 「大丈夫だ。俺は瑞樹を看病出来て嬉しいのだから、そんな顔をするな。シャワーを浴びたら俺のパジャマで悪いが、これを着てくれ」 「……はい」    瑞樹がシャワーを浴びている間に、手早く汚れたスーツを摘まみ洗いし、床も拭いた。  可哀想に……知り合ってからまだ半年足らずだが、瑞樹は朝からいつも爽やかで躰は丈夫な方だと思っていた。その彼がこんなにダメージを受けるなんて……よほど疲れが溜まっていたのだろう。そして今日は彼と会えなかったのでは……直接聞いたわけではないが、そう思った。  シャワーを浴びた瑞樹がぶかぶかのパジャマで登場した時は、不謹慎だが心が躍ってしまった。彼の体調が良かったらそのまま押し倒してしまいそうな程、可愛かった。 「おいで、乾かしてあげるから」  大人しく瑞樹は髪にドライアーをかけさせてくれた。シャワーを浴びて少しほっとしたのか、瑞樹はウトウトと船を漕ぎ出していた。 「このまま眠ってもいいぞ」 「……宗吾さんっ」  瑞樹が突然俺に抱きついてきたので驚いた。 「……今日は……会えませんでした。アイツのお父さん……危篤だそうです……一度も会ったことはないのですが、よく話に聞いていて……人がこの世を去っていくのって寂しいですね。そんな大事な時にアイツ東京に来ていて……悪いことしたなと思って……」  涙まじりの悲痛な声だった。瑞樹の落ち込みの原因が分かり、俺の方は少しほっとした。 「瑞樹……自分を責めるな。 君は何も悪くないだろう?」 「うっ……」  小さな嗚咽。俺に聞かせたくないのか必死に耐える薄い肩を、しっかりと支えてやる。  瑞樹の過去も含めて……君が好きだ。  だが……俺自身がこんな切ない恋をしたことがないから、上手く伝えられるか分からない。 「何度も言うが、俺は瑞樹が今ここにいてくれるだけでありがたい。俺の腕の中で泣いてくれる……それすらも嬉しいのだ」  

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