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深まる秋・深まる恋 2

(瑞樹、あとで俺の部屋に来いよ) (また一馬の部屋に?) (あぁだって俺の部屋は角部屋だから、瑞樹が乱れても声が漏れないだろう) (おっおい! 変なことばかり言うなよ。それは一馬がしつこいからだぞ!) (悪い!でも瑞樹のあの声を聴くの好きなんだ)    あの日の会話がザワザワと蘇っては、バラバラに散っていく。  重機の振動と瓦礫と共に砕け散っていく。  僕の右隣の部屋が一馬の部屋だった。あいつの部屋は東南向きの角部屋で風通しが良くて好きだった。あそこで僕は初めて一馬に抱かれ、その後も躰を重ね続けたことは事実だ。    だがもうその部屋はない。既にこの世に存在しなくなった。  これでいい。跡形もなくなってしまえば、吹っ切れるだろう。  今の僕には、宗吾さんがいてくれる。  嬉しい時も悲しい時も、苦しい時も……すぐ傍にいてくれる人がいるのに、いつまでも過去の想い出を引きずっていたくない。なのにどうして……涙が込み上げてくるのか。 「瑞樹……泣いていいぞ」 「え……」  宗吾さんの方から、そんな風に言うなんて。宗吾さんの前で泣くなんて、まるで今もかつての恋人を想っているようで、おかしいだろう。 「いいよ、遠慮するな。思い出と惜別するのは悲しいのが当たり前だ。それだけ真剣だったのだろう? その時は」 「あっ……」  確かにそうだ。僕は遊び半分で一馬と過ごした訳ではない。抱かれたわけではない。当時の僕は一馬との恋に真摯に向き合っていた。当時の僕たちは互いに真剣に愛し合っていた。  一馬は九州男児で人一倍責任感も強い男だったから、家族の期待を裏切るようなことは結局出来なかった。追い打ちをかけるようにお父さんの病気……あいつが追い詰められていくのを見ていられなかった。だから僕なりに理解して、アイツを送り出した。  あの日の別れは二人で決めた別れ道だった。  昨日はアイツとこの男子寮が壊れていくのを一緒に見たいと思っていた。だが道が別れた物同士、今はまだ会わない方がいい。まだその時でないことを身に沁みて感じていた。  それにどんなに昔を回顧しても、もう元通りにならないのも理解した。  一馬……僕はさっきから胸が苦しくて仕方がないよ。  秋の冷たい風が僕の涙を誘いにやってくる。もう……我慢出来ない。このまま泣いてしまいそうだ。   「うっ……」 「よし泣けそうだな。俺に構うな。ここで泣いていけ」  宗吾さんが力強く僕の肩を抱く。  「ほら……」  宗吾さんが僕の肩を掴んで、ゆさゆさと揺さぶった。その衝撃で、ようやく漏れた涙が頬を伝い降りていった。 「う……ううっ」  思い出は遠くへ──色褪せて消えていく。  それでいい。これでいいと秋風が静かに慰めてくれた。    **** 「瑞樹……落ち着いたか」  俺が肩を強く抱くと、瑞樹の澄んだ瞳から透明の涙がはらりと零れ落ちた。 必死に堪えている涙をそのまま振り落としてやりたくて、激しく揺さぶると、瑞樹は大粒の雨を降らせた。  君は俺の前ではよく泣くな。  泣き顔を見るのは辛いが、君が泣ける場所になれて嬉しいよ。  俺は、今までこんなにも深く誰かのことを想ったことはあるか。誰かの盾に傘になりたいと想ったことはあるか。  すべて瑞樹と出逢ってから生まれてきた感情だ。 「宗吾さん……すみません。取り乱してしまって。僕は宗吾さんの前だと、どうしてこんなに泣いてしまうのか、分からないです。不思議なほどです。本当に困ったな」  照れくさそうに泣き笑いする瑞樹のことが愛おしいよ。 「それは瑞樹が俺を信頼してくれている証拠だろう?」  すかさずそう答えてやると、瑞樹はすっきりした表情を浮かべた。 「そうですね。あぁなんだか沢山泣いたら気持ちが軽くなりました」 「そうか……もう具合は悪くないか」  そっと瑞樹の額に手をあてると、ひんやりとしていた。心が温かい証拠だ。 「熱はないようだな」 「はい、もう大丈夫です」 「なら芽生に会っていくか」 「え……本当ですか。僕も行ってもいいのですか」 「あぁ、実は母が会いたがっている。瑞樹のこと気に入ったらしくて、今日も連れて来いってうるさいんだよ」  

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