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深まる秋・深まる恋 3
「あの、そういえば今日はどこに行く予定でしたか。宗吾さん、ビシッとスーツ姿ですよね」
「あぁ実は芽生は五歳だから……」
「えっそうだったのですね。僕、知らなくて、すみません。あっ……ということは、もしかして七五三の関係ですか」
「勘がいいね。写真館で前撮りというものを幼稚園ママに勧められてさ。割引クーポンまでもらったので予約してみたよ」
「なるほど、そうだったのですね」
七五三か……懐かしいな。
僕にも実の両親との記憶が残っている。もう朧気だが……五歳の僕は羽織袴姿で、両親に手を引かれ白い砂利道を歩いていた。
(瑞樹~羽織袴が似合うわね。やっぱり紺色にして良かった! ねっパパ)
(あぁ瑞樹はパパに似て、将来は凜々しい男になりそうだ)
(やだぁ~瑞樹は私に似て可愛い顔立ちなんだから、あなたみたいにゴッつくなったら大変)
(そういうオレと結婚したのはママだろう)
(ふふっパパとママはいつも楽しそうだね!)
(もーこの子は可愛いこと言ってくれるのね。来年には瑞樹をお兄ちゃんにしてあげるからね)
(うん!楽しみだよ。弟かな妹かな〜)
両親を見上げると、日だまりみたいな笑顔がキラキラしていて目映かった。ママお腹の中には僕の弟か妹がいるそうだ。僕がお兄ちゃんになるなんて……ワクワクと楽しみで仕方がない。
そんな満ち足りた時間だった。
もうどんなに願っても戻らない家族の団欒。
「瑞樹? 聞いているか」
「あっすみなせん」
「ってことで、瑞樹も写真館に一緒に行こう」
「えっでもそんな水入らずの時間にお邪魔では」
「大丈夫だよ。みんな君を待っているよ。瑞樹が熱を出してしまったので、今日は無理そうだと伝えてあったが、きっと喜ぶだろうな」
宗吾さんの言う通りだった。
宗吾さんのご実家の玄関に立つとすぐに芽生くんが廊下をパタパタと走って来て、僕に飛びついてくれた。
あぁやっぱり芽生くんは日だまりの匂いがする。僕の思い出と同じ匂いだ。
「わーい! わーい! お兄ちゃんだー!」
「芽生くん、元気だった?」
「お兄ちゃん、もうよくなったの? 昨日お熱を出しちゃったんでしょう?」
「ごめんね。でも、もう大丈夫だよ」
「じゃあ抱っこしてくれる」
「いいよ」
芽生くんを抱き上げていると、宗吾さんのお母さんが和装姿でゆっくり歩いてきた。
「いらっしゃい。あれ以来ね。瑞樹くん」
「お邪魔します」
わっ……親しみを込めて『瑞樹くん』と呼んでもらえた。嬉しい。
「熱を出したと聞いたけれども、もういいの? 」
「はい、宗吾さんに看病してもらえたお陰で下がりました」
「まぁ宗吾はいつからそんなにマメになったのかしら」
「母さん! 俺はいつだってマメだったよ」
「そうかしらねぇ~それより、予約の時間が迫っているわ。すぐに出かけましょう」
「あぁ」
****
「ハイ・ポーズ」
芽生くんは黒い羽織袴を着付けてもらい、そのまま写真館で写真を撮ってもらった。五歳の男の子らしい可愛い凜々しさで、宗吾さんも僕も、宗吾さんのお母さんも、その様子を目を細めて見守った。
「いいね。もう少し頑張ろうね。はーい、もう少し笑って」
「うーん、僕……つまらなくなってきちゃった」
「え? どうして」
突然芽生くんがしゃがみ込んでしまった。
「芽生どうしたんだ? 」
「うーん、おにいちゃーん」
芽生くんが僕を呼ぶので、慌てて駆けつけた。
「どうしたの?」
「あのね……お隣のお部屋ではパパとママとお写真を撮ってるの。芽生も……あれやりたい」
「え? あぁそっか……家族写真のことだね。じゃあ芽生くんもおばあさまとお父さんと撮ろうか。僕からも頼んであげるよ」
「うーん、でもおにいちゃんも一緒じゃなきゃヤダな」
「えっと……それは」
すると僕と芽生くんの会話を聞いていた宗吾さんがとんでもないことを言い出した。
「そんなの簡単だろ? 瑞樹も一緒に写ればいい。ほら行こう!」
「そんな……これは家族の大事な写真で、部外者の僕が入るわけには。それに僕だけ普段着ですし」
「おい、まだそんな風に思っているのか。いつ俺が瑞樹を部外者だと言った?」
宗吾さんが少しムッとした口調になったので、ビクっと震えてしまった。
「……ごめんなさい」
「いや……俺も言い過ぎた」
こんな場所で、少し険悪な雰囲気になってしまうなんて。
「パパっ、お兄ちゃんにごめんなさいは?」
そんな場を和ますように芽生くんが間に入ってくれた。
「え? なんで俺が謝らないといけないんだい?」
「だって今のパパ……怖かったもん! それにパパがお兄ちゃんだったらどう思う? 怖いと思うよー」
「え……」
「いつも幼稚園の先生が言っていることだよ、えっとね『思いやり』の気持ちが大事だって」
『思いやり』そんな言葉も知っているのか。芽生くんは本当に賢いな。
「そうよ、今のは宗吾が悪い。ちゃんと最後まで聞いたの? 瑞樹くんの言い分を」
「母さんまで……やれやれ参ったな」
宗吾さんは決まり悪そうに僕を見つめ、その後いつもの宗吾さんらしく大らかに笑ってくれた。
「瑞樹、ごめんな」
「いえ、僕の方こそ」
僕もほっとしてニコっと微笑むと、宗吾さんは合点がいった表情を浮かべた。
「あっそうか!瑞樹の服装だな。悪いっ!俺としたことが気が回らなくて」
「……あの?」
確かに僕は普段着で、袴姿の芽生くんに一張羅のスーツ姿の宗吾さん、和装姿の宗吾さんのお母さんと並ぶには、不釣り合いの姿だった。
それというのも昨日スーツを汚してしまって着替えもなく、宗吾さんの洋服を借りているからブカブカだった。
「それはそれでいいのだが……瑞樹にも何か服をレンタルしてやるよ」
「えっ!」
そっそういう展開に?
「すいません、何か大人のスーツがありますか」
「申し訳ありません、あいにく普通のスーツは扱っておりません。でも……新郎用のものでしたら」
「あぁそれでいい!」
ちょっと待って。新郎? って……
「ちょっ!ちょっと待って下さい!」
「ん?」
「新郎の衣装なんて……僕が着るわけには」
「ふぅん?じゃあ、新婦のにするか」
「えー!」
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