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帰郷 2
北鎌倉から戻ると、また仕事がグンと忙しくなった。フラワーアーティストの先生の助手をしていた時とは比にならない、目まぐるしさだ。
季節は11月半ば。
秋のブライダルシーズンはまだ続いていた。そしてこれから迎える12月~1月上旬にかけてはクリスマスに年末年始と何かとパーティーが続くので、職業柄どうしても多忙だ。がんばって乗り切ろう。
好きな職業に就けて、好きな花に毎日触れられるのだから。
「葉山、お疲れさん」
「あぁ菅野、今日は早くあがれそうだ」
「そうそう葉山は明日は午後出でいいって課長からの伝言。先日の代休だってさ」
「え……本当に」
「くくっ、頬を染めて嬉しそうだな。もしかしてデートか~」
「なっ違うよ」
「お前、最近いい事あっただろう。仕事が忙しい割に、いつも明るい顔しているぜ」
「そっ……そうかな」
菅野に言われたことは、当たっている。
仕事が忙しい割に元気で前向きな気持ちで過ごせていた。その理由は僕が一番よく知っている。宗吾さんと芽生くんの存在が大きいからだ。
宗吾さん達と五月にあの公園で出会った。あれから今日まで僕たちの関係はしっかりと前進している。最近では芽生くんの成長の行事に参加させてもらえたり、宗吾さんのお母さんとも仲良くなれ、まるで家族の一員になったような勿体ない程の幸せな時間を過ごせている。
後は……僕サイドの問題だ。
宗吾さんに宣言した函館への帰省が、まだ実行できていない以外は順調だった。
次の休みを狙って一度函館に帰省するつもりが、なかなか多忙でタイミングが掴めず、そうこうしているうちに……潤のいる家に帰って、母に告白するという一大決心が萎えてしまいそうになる。本当にそろそろ覚悟を決めないとな。
あっそうだ。宗吾さんからメッセージが届いているかも。
仕事が終わりスマホをチェックするのが、今の僕には一番の楽しみだ。宗吾さんはマメな人で毎日欠かさずメッセージを残してくれる。
このやりとりがどんなに心の支えになっているか、宗吾さんは知っているかな。
『瑞樹、今日も仕事お疲れ様。相変わらず多忙だな。今日Tホテルに行く機会があったので、君が飾った花を眺めてきたよ。しかし凄いな、ホテルの表玄関を任されるなんて。誇らしかったよ。でも花影に君がいそうで探してしまったよ。君が恋しくてな』
『あの花を見て下さったのですか。嬉しいです! 仕事が多忙でなかなかゆっくり会えず …… 』
『寂しいです』と打とうと思ったのに躊躇してしまった。こんな風に書いたら心配させてしまうかな。それとも素直に気持ちを伝えたことを喜んでもらえるか……迷うところだ。
そのタイミングで電話に着信があったので驚いた。まさに宗吾さんからだった。
「あっもしもし」
「瑞樹、仕事終わったか」
「はい、今帰り道です」
「今日はもう家に帰れるのか」
「そのつもりでしたが」
「実はいいワインをもらったんだ。今晩一緒に飲まないか。君と暫く会ってなくて、ひとりで……ばかりで……枯れそうだ」
ひとりで? 枯れそう!!って……何がとは突っ込めないが、言いたいことは分かる。同時にその言葉に恥ずかしくなる。宗吾さんは僕を求める言葉を惜しまない人だ。
「伺います! あっでも一度家に戻って支度してからでいいですか」
「ってことは、うちに泊まれるってことかい?」
「だって……ワイン飲んだら……帰れなくなりますよ」
「だよな。勧誘成功だ。おーい、芽生、瑞樹が来てくれるって」
「おにいちゃんに会えるの? わ~い」
電話越しに芽生くんの嬉しそうな声が聞こえ、ほっこりした。丁度明日は午後出社でいいと言ってもらったばかりだし、久しぶりに二人にゆっくり会えることに心が躍る。
着替えを取りに一度家に戻ることにした。芽生くんに渡そうと思っていた七五三のお祝いのおもちゃも持って行こう。なんとか戦隊のベルトというリクエストが面白かったな。ちゃんと男の子らしいリクエストで良かった!
エレベーターを待つ間に自宅のポストを確認すると、1枚のポストカードが届いていた。
「あっ」
差出人は書いていないが宛名の筆跡で、すぐに分かった。
「一馬からだ……」
大分・湯布院の旅館のポストカードだった。掛け流しの檜風呂の写真と雄大な由布岳の景色が風情を醸し出していた。
「へぇ良さそうな所だな。あいつの家ってこんな立派な旅館だったのか」
付き合っている当初はろくに知ろうともせず、帰省に付いておいでという誘いも無下に断ってしまった。今となっては一度位行けばよかったか……いや行かなくてよかった。
想い出が増えれば増える程、別れが辛くなると当時の僕は考えていた。
心のどこかで、一馬との関係が未来永劫続くと思っていなかったのかもしれない。だからあいつに置いていかれたのは、自業自得だ。
でも今の僕は違う。
宗吾さんと芽生くんに会いたい。共通の思い出を沢山作りたいと願っている。そして来年も再来年も、ずっと一緒に過ごしたいと思っている。
ポストカードの一番下に、見えるか見えない位の小さな字で「ありがとう」と書かれていたのを見つけた時は、ほっとした。
僕の今の気持ちが……ちゃんと伝わったのだな。
僕の方こそ「ありがとう」
一馬とお父さんの話をする時は、僕も息子の気分になれて楽しかったし嬉しかったよ。
****
「パパ~お兄ちゃんがお家に来るの、久しぶりだね」
「おう!」
「おにいちゃんと、お酒のむの?」
「モチロン。上等なボジョレー・ヌーボーをもらったからな」
「なにそれ? ほどほどにしないとダメだよ」
「分かった分かった」
「それよりハンバーグこねるのメイもやりたい」
「そうだったな」
もしかして瑞樹が今日なら来られるかもと思い、芽生とハンバーグを作っていた。俺はいつからこんなにマメな男になったのか。
好きな人がいることのありがたさ。好きな人に喜んでもらいたくて、何かが出来ることがこんなにも嬉しいなんてな。
「パパ。ごきげんだね~」
「それは瑞樹が来るからな」
「パパがごきげんだと、メイも嬉しい! 」
「そうか」
「あっでもパパのお部屋片づけておかないと、また怒られちゃうよ」
「そうだ! メイの部屋こそ大丈夫か」
「あっ……お片付けしてなかった」
ぷっ……片付けが苦手なのは親子で似ているな。綺麗好きな瑞樹ががっかりしない程度には片付けておこう。
「パパーまたパンツぬぎっぱなし。おにーちゃんにきらわれちゃうよー」
「芽生こそ、その機関車とレール片付けろよ~瑞樹が躓いて怪我したら大変だ」
「はーい! 隊長! 」
そうこうしているうちに、インターホンが鳴った。思ったより早いな。愛しい彼がやってきたのか。
「パパ、これで枯れなくてすむね」
「うーん、どうだか。これがまた試練の連続なのだ」
と思ったら、宅急便だった。(がっくしだ)
「パパーかなしいお顔だね。そうだ、おにいちゃんをお迎えに行こうよ」
「お! そうだな。夜道は怖いし、車で行こう!」
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