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帰郷 3
僕は一旦家に戻ってスーツを脱ぎラフなズボンとシャツ姿になり、翌日のスーツを一式準備した。あっ夜は冷えるからセーターも必要かな。あとは芽生くんへのプレゼントを持って……
ところが、そこまで準備して急に迷いが生じてしまった。風呂はどうしよう。宗吾さんの家で毎回借りるのも悪いし……でも今から入ると遅くなってしまうしな。
躊躇しているとベッドに置いたスマホが鳴った。
「おーい瑞樹、今から風呂に入ったりするなよ。湯冷めするし遅くなるから、絶対に駄目だぞ」
「えっ!宗吾さん……どうして僕の頭の中を? 」
「ははっ、だいぶ思考回路が読めるようになって来ただろう。瑞樹は結構分かりやすいよ」
「そんな……そういう宗吾さんだって」
「ふーん、じゃあ俺が今何処にいるか分かるか」
「えっ」
突然コンコンと玄関をノックする音が響いた。
まさか……そこに?
慌てて玄関の扉を開けると、満面の笑みの二人が立っていた。
「宗吾さん、芽生くん! どうして」
「待ちきれなくてな。車で迎えに来たよ」
「びっ……びっくりしました」
「荷物これだけ? 」
「あっハイ」
「じゃあ行こう。ほら夜は冷えるから、手に持っているセーターもちゃんと着て」
宗吾さんのこの行動力が僕は好きだ。僕にはない軽快な動きに圧倒されつつも、その強引さが心地良い。
「それにもう遅いから夜道は危険だろう? 」
「そんな……僕は男だから、そんな心配はいらないですよ」
「いやいやイマドキは男だからって油断しない方がいいぞ。瑞樹は特に可愛いし最近は変な色気も出て来て……以上の理由で迎えに来たのさ」
「そっ宗吾さん……芽生くんが聞いていますから」
色気だなんて。でも宗吾さんを想う気持ちが日に日に強くなっていることは認めよう。
「悪い悪い。とにかく歩くと結構距離があるから、迎えに来た方が早いと思ったのさ」
「ありがとうございます。確かに僕の家から宗吾さんの家までは20分以上、大人の足でもかかりすよね。まぁその分家賃が破格なのでしょうがないのですが」
「うーん、それが俺としては最近、もどかしいよ。なぁ瑞樹はどう思う? 」
「えっそれは……僕だって」
芽生くんの幼稚園のバス停が途中にあるので、宗吾さんとは朝5分間だけ肩を並べて歩けるが、確かにもっと近くだったら……もっと一緒に過ごせる時間が長くなる。
「おにいちゃん~いいこと考えた! メイのおとなりのお部屋があいているよ。そこにすんだらいいんじゃないかなぁ」
「おっ芽生いいこと言うな。流石、俺の息子だ」
「えっ!」
「瑞樹……今すぐじゃなくていい。でも近い将来、俺の家に来ないか。どうだ? いつまでも今のマンションを借りているわけには行かないだろう? 二人分の家賃だって聞いたし」
「あ……はい。それは……そうです。最初からあいつが置いていたお金が尽きたら引っ越し先を考えようかと……」
「じゃあどうだ? 真剣に考えてみてくれ」
宗吾さんの部屋に、僕が引っ越す?
そんな夢みたいなことを、僕が願ってもいいのか。
あぁでも……まだ僕サイドの問題が片付いていない。
なのに早く彼の元に行きたいという気持ちが強まってしまった。
そのためにも、早く函館に帰省しよう。次の休みには勇気を持って飛び立たなくては。
北の大地へ、僕は帰郷する。
僕が10歳から高校卒業まで過ごしたのは函館駅近くだったが、本当の両親とは函館から車で40分程度の大沼国定公園近くの自然豊かな土地に住んでいたそうだ。
だから函館は本当の意味でも、僕の故郷だ。
「……ありがとうございます。函館から戻ったら、前向きに考えたいです」
「本当か。嬉しいよ」
「……はい、あの、僕でよければ」
「瑞樹だからだ。瑞樹だから来て欲しいのだよ」
宗吾さんと話していると、必要とされる喜びをしみじみと感じる。
ずっと息を潜めて過ごしてきた僕だけれども、これからは宗吾さんのいる世界で生きたいと願ってしまうよ。
****
芽生と二人の暮らしにも慣れ、それなりに大変だが楽しくやっている。もしもこの生活に瑞樹も加わってくれたら、更に充実した日々になるだろう。最近はそんなことばかり考えてしまう。
純粋で清潔で優しくて可愛い瑞樹のことは俺の母も認めてくれているし、何より息子の芽生が心から慕っている。だから俺の方は問題ない。玲子との件も落ち着いたしな。
瑞樹……君みたいに素晴らしい相手は他にはいない。
俺の方は瑞樹と一生を共にする覚悟は出来ている。だが瑞樹の方はどうだろう。最近何度か口に出す「函館に帰ったら」という言葉が実は気になっている。
瑞樹も俺との人生を前向きに考えてくれているのが伝わるのに、『函館』の先に見えない何かがあるのかと不安になってしまう。
あーこんなことなら瑞樹の兄さんと連絡先をやりとりしておくべきだったな。
もしかして男同士ということを実家の母親に反対される可能性が強いのか。でもそんな時は君の兄さんが、きっと味方になってくれるはずだ。
「宗吾さん、どうしたのですか」
「いや、ハンバーグの味はどうだ? 」
「とても美味しいです。宗吾さんのハンバーグの味は……その」
「なんだ?」
「母の味と似ています。ケチャップとウスターソースを混ぜて、ハンバーグのソースを作りましたか」
「あぁその通りだ」
「やっぱり!」
瑞樹が嬉しそうに、ニコっと微笑む。
「この味が好きか」
「えぇとても。それに焼き方も好きです。少し肉が焦げた部分がカリッとジューシーで美味しいです」
「そういえば目玉焼きも端が焦げたのが好きだって言っていたよな」
「あっよく覚えていますね」
「まぁな。胃袋から掴もうと必死だったからな」
「えっ」
本当だよ。君と出会った頃の俺は、どうやったら瑞樹に好きになってもらえるかばかり考えて必死だったのさ。いい大人で人生経験豊富な俺だったのに、自分でも信じられない程、君への愛はピュア一色だ。
「宗吾さん、今頭の中でキザなセリフ決めましたね」
「あっ……なんで俺の頭の中を? 」
「ふふっ、僕も宗吾さんに負けていられませんからね」
「言ったな」
「ははっ」
瑞樹と声を出して笑い合うと、つられてハンバーグをモグモグ頬張っていたメイも明るく笑う。
「パパとおにいちゃんは、とってもにているね」
「え?」
「えぇ! どこが」
どうみても正反対の外見の俺たちが似ているとは、どの部分だか気になってしまう。
「えっとね、頭のなかであれこれ考えているときに、気持ち悪い顔になるところー」
「えぇー?」
息子よ……そりゃないよ。
純粋な瑞樹が困惑した顔をしてしまったじゃないか。
「メイくん、それどんな顔」
「こんな顔ー」
芽生がわざとしまりのない笑い方をする。うげっ! 俺そっくり。
「わ……僕そんな……顔に出ていた? うわぁ……恥ずかしいな」
瑞樹は怒るわけではなく赤面していた。ってことは俺の脳内と同じようなことを瑞樹も考えていたのか。
「みっ瑞樹。今日は一緒に寝るか」
思わず口に出すと、瑞樹はますます真っ赤になった。それってワインのせいじゃないよな。
「まっまだダメです」
「え。じゃあいずれは?」
「パパ。おにいちゃんはメイと一緒に寝る約束したから駄目だよー」
「おーい、いつかパパにも譲ってくれよぉ」
「うん!おにいちゃんがおひっこししてきたらいいよ!」
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