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恋心……溢れて 9
明日も仕事なのに、僕は意識し過ぎだろう。
そう思うのに一度芽生えた欲情はなかなか収まってくれない。何故だか泣きたい衝動に駆られて、冷たいシャワーを浴びて躰の火照りを冷ました。
僕の躰……少し変だ。
一馬と別れてから、一年間誰にも抱かれなかった躰が、宗吾さんと繋がった途端に火が付いたようになって恥ずかしい。
菅野に指摘された潤んで腫れてしまった目元も恥ずかしい。
こんなになってしまった。
もうどうしたらいいのか、考えがまとまらないまま風呂からあがった。
「……あの、宗吾さん、お待たせしました」
宗吾さんはリビングでPCに向かっていた。
僕の声にも気が付かない程、集中していた。
仕事中なんだ……難しい顔をしているから、邪魔したら悪いかな。
きっと今日早く帰宅したせいで、仕事を持ち帰ってきたのだろう。僕に美味しいハンバーグを作ってくれた陰には、宗吾さんの努力と犠牲があるのだと察した。
一緒に暮らしてこそ知る部分を垣間見て、何故だか胸が塞がってしまった。
僕は欲張りだ。宗吾さんと芽生くんとこうやって同じ屋根の下で暮らせるだけでも十分幸せなのに、いつの間にか貪欲になっていた。自分の想いだけに溺れそうになっていた。
もっと宗吾さんの立場を考えたい。あなたの邪魔には、なりたくない。
一度芽生えた負の思考が僕を支配してしまい、合わせる顔がなく、そのままUターンして自分の部屋に入った。
まだ慣れない僕の部屋を見渡して、ため息をついた。
僕は本当にここで暮らしていいのだろうか。僕が来たことで少しでも迷惑をかけるのは嫌なんだ。ここ数日、初めてのことばかりで浮かれすぎていたのかもしれない。今日は心がざわついて駄目だ……もう眠ろう。
そのままベッドに潜るとスマホが鳴ったので表示を見ると、函館の広樹兄さんからだった。早く気持ちを切り替えなくては、心配させたくない。
「……もしもし」
「瑞樹、元気にやっているか」
「……兄さん」
広樹兄さんの声を聴いて、少しほっとした。
「あれ? 少し元気ないな」
「……そんなことないよ」
「もう宗吾の家に引っ越したんだよな」
「うん……」
「ははん、どうせ瑞樹のことだから新生活にまだ慣れないんだろう。で、戸惑っている最中か」
「どうして分かるの?」
「お前の思考回路なら簡単だ。俺の家にやってきた時も……そんな声出していたからな」
「……参ったな」
広樹兄さんは、北の大地のように大らかな心で僕をいつも包んでくれる。
「瑞樹、いいか。お前たちのことだから、今まではお互いに良い部分しか見せてこなかっただろう。だが一緒に住むと違う面も見てくるもんだ。だからって怯むな。前みたいに自分を殺して縮こまるんじゃないぞ。そういう時はな、瑞樹から歩み寄ればいいんだ」
広樹兄さんの言葉は、僕の固まった心を解してくれる。
「うん……そうだね」
「で、今、宗吾は何してんだ? ガツンと兄さんが言ってやるぞ。ほらほら呼んでこい」
「……宗吾さんは今、PCで仕事しているから」
「ははん、宗吾の奴、きっと照れくさいんだな」
「え?」
「まぁそういうもんだ。俺にはよくわかる」
「何が?」
「まぁいいから。ほら俺と電話してる場合じゃないぞ。今すぐ行ってこい」
「う、うん? そういうものなのかな」
「あーもうっ、男心をお前は分かってないな。瑞樹からキスでもしてやればヘロヘロになるぜ。って、あー弟にこんなアドバイスするなんて~変だな。ははっ」
「兄さんってばっ」
兄さんに僕の恋を応援してもらうのは、無性に恥ずかしかった。でも一気に強張っていた心が解れたよ。
「兄さん、ありがとう」
「おぉ! 今度はそっちから連絡くれよ」
「わかった。お母さんも元気にやってる?」
「あぁ変わりないよ」
「……潤も?」
「軽井沢で奮闘中さ」
「みんな頑張っているんだね。僕も頑張るよ」
「それでこそ、俺の可愛い弟の瑞樹だ! 」
電話を切った僕は明るい気持ちになっていた。だから宗吾さんの元に自分から歩み寄ろうと、ベッドから抜け出した。
****
芽生を寝付かせ瑞樹が風呂に入ったのを確認してから、PCの前に座った。
今のうちに仕事を片付けてしまおう。今日は瑞樹と芽生に手作りのハンバーグをどうしても作ってやりたくて、仕事を持ち帰ってしまったからな。広告代理店仕事はスケジュール調整や打ち合わせなどは会社でなくてもある程度出来るのがありがたい。シングルファザーに理解がある会社でよかったよ。
ささっとやってしまおう。
で、瑞樹が風呂から上がったら、俺の寝室に誘う!
なぁ……今日も君に触れていいのか。
いや、毎日求めすぎるのは、がっついているよな。
でも少しなら、同じベッドで眠るくらいはOKか。
いやいや、あーやっぱり一度抱いてもいいか。
駄目だ! 駄目だな。
こんな煩悩まみれじゃ、瑞樹に引かれるだろう。
必死に邪念を振り払い仕事に没頭していった。
が……俺としたことが、仕事に没頭し過ぎてしまったのだ。
「あっいつの間に……」
参ったな。あっという間に1時間近く経過していた。そして気づかないうちに、いつの間に風呂場の電気が消えていた。
「瑞樹……?」
呼んでも返事がない。もう自分の部屋で眠ってしまったのか。
瑞樹の部屋のドアはぴったり閉まっていた。
何だかこういうの……もどかしいな。今まで何度か俺の家に泊まったが、いざこうやって毎日暮らすようになると、何が自然なの分からなくなって……ぎこちなくなってしまう。
恋しくて愛おしくて、大切にしたくて。
でも触れたくて抱きしめたくて……堪らなくなる。
初めて恋をしたみたいにドキドキしている俺の心臓。
このまま眠るなんて到底無理だ。
なぁ君の元に近づいてもいいのか。
俺から歩み寄ってもいいのか。
今宵も──瑞樹に触れたくて堪らない。
どうすべきか。このまま寝かしてやるべきか、否か。
暫く自問自答した後、意を決して俺は立ち上がった。
当たって砕けろじゃないが、やっぱり俺の気持ちだけでも伝えたいんだ。
控えめな君が苦しんでいないか……それが分からないから知りたくて。
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