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恋心……溢れて 10

 やっぱり宗吾さんに逢いに行こう。  少しだけ触れて欲しい……少しでいいから。  ドアノブに手をかけガチャッと開けると、ドンっと人にぶつかった。すぐに宗吾さんだと分かったが、何故ここにいるのかが分からなかった。 「えっ宗吾さん?」 「イテテ……しっ……」  驚いたことに、宗吾さんが僕の部屋の前に立っていた。すぐに扉を静かに閉めて中に入ってきた。 「あの、どうして……ここに……?」 「瑞樹こそ、どうして声をかけてくれなかった? いつの間に部屋に入ったんだ?」 「それは……」 「遠慮するな。瑞樹には、ここでは遠慮して欲しくないんだ」 「でも……お仕事が……忙しそうで……僕のせいで」  宗吾さんが少し怒っているようで困惑してしまった。僕……また何かしてしまったのかと心配になった。  彼は小さく息を吐いて、今度は優しく微笑んでくれた。 「ふぅ……馬鹿だな。もう二度と自分のせいだなんて、口にするなよ」  気がつけば僕は宗吾さんに抱きしめられ、そのまま自分のベッドに押し倒されていた。   「はっ……うっ、うっ」  そこからは無言で、長い時間をかけて宗吾さんから口づけを受け続けた。ベッドに転がった目覚まし時計の秒針が、妙にカチコチと忙しなく感じた。 「あっ……ふっ……」    飲み込めなかった唾液が、つーっと顎を伝っていくのを感じた。獰猛な口づけに戸惑い、呼吸が苦しい程の激しさに少し怯み、思わず宗吾さんの胸元をドンドンと叩いてしまった。 「はぁ……んっ、待って……待ってください」 「あっ悪い。つい止まらなくなった」 「……いいんです。ただ、僕もちょっと驚いただけで」  躰を起こした宗吾さんと目が合って……なんだかお互いに必死な様子に苦笑してしまった。 「ごめんな、風呂上がりでポカポカの君が可愛すぎた」  宗吾さんは切羽詰まった表情で少し決まり悪そうだった。でもそのまま僕の耳たぶを甘噛みし、甘やかに囁くもんだから溜まったもんじゃない。 「あーなんというか、俺も節操ないよな。瑞樹が手を伸ばせばすぐに抱ける距離にいることに興奮して、その、今夜も抱けるのかもとか想像していたら、なんだか悶々としてな。仕事でクールダウンしていたんだ」 「そんなこと……」  しなくていいのに。僕だって同じ気持ちでした。  そう言葉を紡ぎたいのに……ホッとしたのか、はらりと涙がこぼれてしまった。 「あっ泣くな! 泣くとまた目元が赤くなるぞ」  頬を伝う涙を宗吾さんが舌先で慌てて吸い取ってくれた。 「初めての夜、君を啼かせ過ぎて反省しているんだ」 「え……」 「翌日、君の目元が赤く腫れて、しかも一晩経っても落ち着かないから、会社に送り出す時も実は気になってしかたがなかった。目の下にクマも出来ていたし……あの新人に揶揄われたりしなかったか」  宗吾さんにも、そんな風に思われていたなんて、猛烈に恥ずかしい。  後になって思い出せば、宗吾さんに散々啼かされて、気持ちよくて感じすぎて出た涙だった。 「どれ? あぁやっぱりまだ少し赤いし、目元が少し疲れ気味だな」  僕の目元を宗吾さんが指の腹でそっと撫でるから、カーっと恥ずかしくなった。 「もっもう、今日は寝ます。宗吾さんも自分の部屋に戻って下さい。これ以上酷くなったら会社に行けなくなります。あっそうだ。こんな時にと、いいものをもらったんだ」  慌てて宗吾さんの横を擦りぬけて、通勤鞄から菅野にもらったギフトを取り出した。 「それ、何だ?」 「菅野からもらった引っ越し祝いです」 「へぇ、何をもらった? っていうかアイツ、瑞樹が引っ越したこと気づいたのか。目聡いな」 「え……まぁ」 「瑞樹から話したのか」 「いえ勝手に向こうが気づいて」 「うーむ。で、それ何?」 「……ホットアイマスクですよ」  なんだか妙な展開になりそうかも…… 「何だって!」 「あの、その、僕の目元にクマがって、そのケアに使えるそうで……」 「最高だ! ちょっとつけて見せてくれ」 「えっ」 「実にいい贈り物だ! 」  何故だか上機嫌の宗吾さんに疑念が……まさか 「嫌ですよ。目隠しプレ………あっ、また!」  宗吾さんは悪戯が成功した子供みたいに嬉しそうに笑っていた。 「またひっかかったな。瑞樹!」  ポンっと顔から火が出るほど恥ずかしい。そんなことしたことないくせに!  宗吾さんに話すことじゃないけど……一馬とはノーマルなことしかしなかったんだ。アイツも僕も単純で回数は重ねてもずっと変わらず……お互いにシンプルだった。    あぁ……もうなんでこんなこと思い出して。 「もう……宗吾さんのこと、嫌いになりますよ」 「ごめんごめん。可愛くってさ、でも瑞樹も少しは学べよ~」 「もうっ知りません!」 「今日は俺、ここで寝ようかな。可愛い瑞樹を抱いたまま」 「……」  さっきまでの籠った熱は、泣き笑いをしているうちに消えてしまった。  今日はこのまま宗吾さんと一緒にくっついて眠ろう。  そう思えると欠伸が出て来た。 「おいで」  宗吾さんに優しく手を引かれたので、素直に自分のベッドで彼にくっついて眠ることにした。 「ん……」 「可愛いな。もう眠いんだな」 「なんだか……ほっとしたんですよ」 「そうだ! 今度菅野くんをここに呼ぼう。いい贈り物をしてくれたお礼をせねば」 「それアイツも言っていました。こういうことか。あー宗吾さんは、やっぱり……ヘ……」 「瑞樹、好きだよ。毎日抱きたいが、何だか君を抱き潰しそうで、かなり我慢している。それに何だか、もったいなくてな。じわじわ時間をかけてじっくり攻めていくよ。今まで経験したことのない世界に……」  やっぱりドキドキしてしまう。 「宗吾さん、もう寝ますよ。またベッドから落ちても?」 「ごめんごめん。おやすみ。瑞樹……」  まだ始まったばかりの同居……いや同棲生活だ。  焦らずに、のんびりいけばいい。  宗吾さんも僕も少し焦っていたんだなと思うと、お互いにほっとしたようで、そのまま手を絡め合うだけで眠ってしまった。  安らかであたたかな眠りの世界へ  ふたりで落ちて行こう。  なんてここは居心地がいいのだろう。    

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