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若葉風にそよぐ 2

「パパ~次は観覧車に乗りたい!」 「おう!」 「これは4人乗りだな。コータ君、先にどうぞ」 「いいんですか、すみません」  キッズランドの後は、観覧車に家族ごとに乗った。大都会の上空へ向かって、今から15分間の空中散歩に出発だ。  宗吾さんと芽生くんが横に並び、僕は向かい側に座った。 「瑞樹、そっちにひとりで大丈夫か」 「くすっ大丈夫ですよ。ここからは、ふたりの顔がよく見えますから」  と言いつつ、宗吾さんの唇をそっと盗み見してしまった。  このゴンドラには、僕たちの甘い思い出がギュッと詰まっている。  前回、宗吾さんと二人で乗った時……深い口づけを交わしたのを思い出し、ドキドキしてしまう。  あの時はキスだけで、僕のモノ……大変なことになって暫く浮上できなかった。クールダウンさせるのに大変だった。  躰を繋げた今も宗吾さんとのキスは格別だ。  本当にどうしてあんなに口づけだけでドキドキするのか。お互いを愛おしいと想う……想いの丈がぴったり重なっているからなのか。とにかくすごく煽られるし、心も躰もグイグイ持って行かれる。  宗吾さん、僕は……こんなにも好きになれる、あなたと出会えて嬉しいです。  心の中でそっと彼に感謝した。  そして僕に芽生くんと過ごす家族の幸せな時間もプレゼントしてくれて、ありがとうございます。だからこそ今の僕はただそれを享受するだけでなく、僕の立ち位置を踏まえ、あなたたちの中に溶け込んでいきたい。  拒絶よりも共存を選びたい……です。  こんな考え……受け入れてもらえるのだろうか。  さっきコータくんに教えてもらった芽生くんの悩み、僕には痛い程分かる。  芽生くんはお母さんと死別したわけではないのに、絵を描けないというのは……僕に遠慮しているのでは。  僕も小学校の夏休みの宿題で家族と出かけた絵を描けと先生に言われ困ってしまった。僕が失った家族と今の家族。どちらを描けばいいのか分からなくて随分悩んだ。  誰にも相談出来なくて思い悩んだ日々……    あの時の気持ちを久しぶりに思い出していた。  いずれにせよ明日からは函館旅行だ。旅行中なら宗吾さんともゆっくり話せるだろう。もう一人で抱え込まない、宗吾さんにもちゃんと相談する、そう決めた。 「わーすごい、街がどんどん小さくなっていくよー」  芽生くんは上昇していく観覧車に大喜びだ。興奮して頬を上気させて可愛い。瞳が春の日差しを受けてキラキラ輝いている。 「おっ芽生、もう野球場があんなに小さく見えるぞ」 「わーすごい! なんだか大きな風船みたいだ。あの風船につかまっていろんなところに旅してみたいな~」  可愛い発想だな。  あっそうだ! 僕は一眼レフを持っている。 「芽生くん、撮ってもいいかな」 「うん!」  宗吾さんと芽生くんが肩を組んで笑いあっている様子に、自然と僕の頬も緩んでしまう。宗吾さんと親子の写真、芽生くんだけの写真も沢山撮った。 「瑞樹も撮ってやるよ」 「ひとりはさみしいよーパパ~ボクたち3人で撮ろうよ」 「そうだな。んじゃスマホでいいか」 「えぇ」  宗吾さんが大きく手を伸ばし、顔を寄せ合い3人で撮った。  それからゴンドラ内にカラオケがついていたので、芽生くんがアニメソングを披露してくれた。宗吾さんも僕も手拍子をして、楽しいひと時だった。  宗吾さんとふたりきりで過ごした観覧車もロマンチックだったが、こんな風に賑やかなひと時も本当に楽しい。 ****  夕方近くまでコータくん家族と楽しく遊園地で過ごし、別れた。  疲れてしまったので駅ビルで弁当を買って帰宅し、夕食を食べてソファで寛いでいると、宗吾さんが珍しく転寝してしまった。  今日は芽生くんと慣れない乗り物に沢山乗って、きっと疲れたのだろう。 「お兄ちゃん、ゆうえんち楽しかったねぇ」 「そうだね」 「ゴールデンウィークって楽しいことばかりだね。明日からは旅行だし、その後はボクのおたんじょうび会だよー」 「パパから聞いたよ。芽生くんのお誕生日って5月5日のこどもの日なんだね」 「あのね、五月って英語でMay(メイ)っていうでしょ。それでママがつけてくれたんだって……あっ……ごめんなさい」  しまった……という顔色で、芽生くんが突然口を噤んでしまった。  やっぱり、そこだね。  この件に関しては、宗吾さんに話してからと思ったが、遅くなると賢い芽生くんはきっとこの先もっともっと遠慮してしまう。だから思い切って僕の気持ちを伝えることにした。 「芽生くん……よく聴いて。あのね、僕にママの話をしてもいいんだよ。我慢しなくていい……僕はママじゃないんだから。芽生くんのママはちゃんと生きている。一緒に暮らしていなくても玲子さんが芽生くんのママだよ」 「え……お兄ちゃん……いいの?」 「もちろんだよ。ママの絵をちゃんと描いて欲しい」  芽生くんはキョトンとした表情を浮かべたあと、ボロボロと泣き出してしまった。 「えぇ……ん。ごめんなさい、ボク……ひっく……」 「僕こそごめんね。小さな芽生くんに変な気を遣わせちゃって」 「ほんというとね……ママのことも好きだし、おにいちゃんのことも大好きだから、どうしようって、すごくすごく困っていたんだぁ……」 「うん……分かるよ。そんなやさしい芽生くんのこと……僕も大好きだよ」 「おにいちゃん……おにいちゃんっ」  泣きじゃくる芽生くんを、僕は優しく抱きしめてあげた。  まだ五歳の小さな芽生くんが、必死に考えて悩んでいたこと、もっと早く受け止めてあげたかった。  芽生くんにとってのお母さんは玲子さんだ。産みの母なんだ。  宗吾さんと離婚し、芽生くんを置いていってしまった人だけど……  今……この世に生きていてくれる有難さを、君にはちゃんと理解して欲しい。それを伝えたいと思った。        

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