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さくら色の故郷 15

 軽井沢…… 「おーい潤。今から帰省するんだってな」 「あぁ何とか休みをもぎ取ったぜ! 」 「ふぅんゴールデンウィークの超繁忙期に、よくもらえたな」 「……それは事情を素直に話したからな」 「ナニソレ? 女絡み?」 「違げーよ、でも悪いな、抜けて迷惑かける」 「余程大事な用事なんだろ? 早く行けよ」 「サンキュっ!」  軽井沢は五月になると観光シーズンを迎え、ローズガーデンにも薔薇が咲き誇る。  連休中はお客さんで連日賑わうので、本来ならば下っ端のオレは休み返上で働くべきところだが……どうしても故郷に帰りたかった。  それはこの連休中に瑞樹が……彼氏とそのお母さんと息子、つまりフルメンバーで帰省すると、広樹兄さんから連絡が入ったからだ。  最初は渋っていた上司に、頭を下げて何度も懇願した。  オレが傷つけてしまった人が故郷に戻って来る……どうしても一目会いたい。夏休みはいらないから、どうしてもこのタイミングで帰られせて欲しいと。  それから電車やバスを乗り継いで函館に戻って来られたのは、連休二日目の早朝だ。結局ギリギリになってしまったな。  瑞樹……元気にやっているか。  東京に戻り、彼氏と暮し始めた五歳年上の兄。  オレが傷つけ続けて、最悪の事態まで招いてしまったのに、オレとの縁を続けてくれた優しい兄なんだ。  優しいだけじゃない、しなやかに生きている憧れの存在だ。  会いたくて、会いたくて……実家の花屋に向かう足取りがどんどん早くなっていく。  家の近くまで来ると、ふわりと舞い散る桜の花びらとすれ違った。  あっそっか、こっちの桜は今が盛りだったな。  軽井沢は4月中旬から見頃だったのに……  俺は本当に遠い場所で過ごしていたんだな。  桜の開花時期の差を見せつけられ、急に胸の奥が痛くなった。  なんだ?   これって……まさか柄にもなくホームシックか。  瑞樹に会いたいだけかと思っていたが……本当は実家が恋しくなっていたのだと、この時になってようやく気が付いた。  この春、オレは生まれて初めて家を出て、見ず知らずの場所で住み込みで働くようになった。  まだほんの少ししか働いていないのに情けない。  情けないが、これがありのままのオレだ。  そう素直に認めると、気持ちが楽になった。  認めて……初めて気づいた。  我が身に沁みるのは、オレが今までどんだけ皆に大事にされて育ったかってことだ。  オレが産まれてすぐ父が死んじまったこともあり、母と10歳年上の兄には『父親の顔を知らずに産まれて来た可哀想な子』だとずっと甘やかされ……多少の悪さは大目に見られ怒られなかった。  そんな驕り昂った気持ちが、突然我が家にやってきた瑞樹を苦しめてしまった。  なんだろうな、この気持ち。  ずっとオレも……みんなと一緒に分け隔てなく、いたかったのかもな。  あっそうか、途中からやってきた瑞樹も同じ気持ちだったのか。  母さん、兄さん、瑞樹……っ  好きだぜ!  みんな……大事な家族だ!  無性に大声で叫びたい気持ちになっていた。  やがてオレん家が真正面に見えてくる。 「あっ……店、今日も開けるのか」  店の前には早朝なのにもう花が綺麗に並んでいた。  いつもより綺麗に整頓されて……いつもよりもカラフルに!  店に……確実に瑞樹がいる気配がする。  そう思うだけでも胸が熱くなる。  店の扉を逸る気持ちを抑えながらガラッと開けると、中には小さな男の子と瑞樹がいた。  瑞樹はオレを、すぐに見つけてくれた。  ちゃんと視界にすっぽりと収めてくれた。  それからこう言ってくれた。 「お帰り……潤! 」  なんだかその言葉に、感動しまくった。  あれ? なんだこの熱いの……  目からなんか溢れてくるぞ。  あ……これって涙か。  オレって、こんなに繊細だったか。  こんなことで泣くなんて……マジかよ。  店のコンクリートに点々とシミがついていく。  わっどうしたんだ?   おい、どうしたら……止まらない……涙が。 「潤、どうした? ……そんなに……泣くなよ」  瑞樹が慌てて近づいて来てくれた。  そして……信じられないことに、背伸びをしてオレのことを両手でふわりと抱きしめてくれた。 「帰ってきてくれて嬉しいよ……潤に会いたかった」   「に……いさん、ただいま」  そう答えるのが、もう、やっとだった。    瑞樹に受け止めてもらった俺の初めての帰省だ。  「お帰り」と「ただいま」    本当に自然に呼応する言葉……  やっと分かったよ。  ずっとこんな風に、瑞樹と過ごしたかった。  今からやりなおす。今日から再び……      

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