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さくら色の故郷 22
「そろそろ出発するか」
「あっ宗吾さん、ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「あの……皆で写真を撮っても」
瑞樹は嬉しそうに鞄から一眼レフを取り出した。まるで大切な宝物を取り出すように、優しい笑顔を浮かべている。
瑞樹が産みの母の愛用品をいつも大事に持ち歩いているのは知っていたので、あぁと納得し、俺の方から皆を店の前に集めた。
「瑞樹も入れよ」
「あっまずは僕の手で……皆を撮りたいので」
「分かった。あとで三脚使えよ」
「はい! 分かりました」
彼らしい溌溂とした返事が、いつも心地いい。
目の前のことにいつも丁寧にハキハキと迅速に対応するのは、彼の持って生まれた資質なのだろう。
彼のこういう所が好きで堪らない。
生花店の前に全員ずらりと並ぶと、なかなか圧巻だった。
瑞樹と縁のある人が、瑞樹に向かって微笑みを投げていく。
瑞樹はファインダー越しにその光景を見つめ、何を思っただろうか。
彼の口元が、優しく幸せそうに微笑んだのが、こちらからも分かるよ。
「じゃあいきますよ。3.2.1…」
カメラの軽快なシャッター音。
もうひとりぼっちの寂しい瑞樹はいない。
春先にここから連れ出す時……大事そうに持ってきた写真に写っていた小さな瑞樹に、声をかけたくなる。
(大丈夫だよ。君はいずれ幸せになる。信じて待っていろ)
「今度は僕も入っても?」
「当たり前だ。瑞樹はここだ」
「わっ!」
三脚をセットした瑞樹が控え目に言うもんだから、なんだかじれったくて、その腕を強引に引っ張り、ど真ん中に連れてきてやった。
「母さんたちも、こっちこっち」
「まぁ、いいの?」
「えぇ行きましょう」
そして彼の両隣には、函館の母と俺の母を配置した。
「瑞樹はこれを持てよ」
「あっうん」
広樹が瑞樹に真っ赤なカーネーションのブーケを持たせた。
両隣の母も。瑞樹が朝作ったブーケを持って……3つのカーネーションが並んでいる。
瑞樹を囲むように、花が笑っている。
あぁそうか、幸せって目に見えるんだな……そんな風に思う瞬間だ。
彼と過ごすうちに、今まで見えなかった、見てこなかった世界がどんどん開けて行く。
全部瑞樹によって見せてもらえている。
「じゃあ撮りますね。皆さん、いいですか」
笑顔で……なんて言わなくても、皆、自然に……幸せそうにもう笑っている。
今日のこの瞬間忘れない。
忘れられないな。
****
カーネーションを抱いて写真に写った瞬間に、心に声が届いた。
『瑞樹、ありがとう。嬉しいわ……あなたは私にカーネーションを贈ったことがないと思っているけれども……違うわ。ちゃんともらったの。夏樹と一緒にお小遣いを握りしめて買いに行くと約束していたのよ。あの年の母の日には……その気持ちをもらったのよ。その花束を持ってきてくれるのね。あなたの家族を紹介してね。お墓で待っているわ』
天国からそんな声が聴こえたような……
「お母さん……?」
天を仰げば、青空に満開の桜がせり出して、空が桜色に染まっていた。
桜色って……母の愛情の色と似ている。
色で表現したらこんな感じ?
淡く色づく優しい色に溶け込みたい。
「あーあのさ、瑞樹、実は俺からも土産があってさ」
「潤から?」
びっくりした。ソフトクリームを奢ってもらっただけでなくお土産まで?
潤は本当に変わったな。すごくいい方向に向かっている。兄として純粋に嬉しいよ。
「何だろう?」
「これだよ」
手渡されたのは苗木だった。
「え……これって」
「花水木さ」
「大沼に植えて来いよ」
「え……」
「ペンションの庭にでも植えさせてもらえよ」
「そんな勝手に……いいのかな」
「いーだろ、それ位、広いんだし」
軽井沢のローズガーデンで働く潤らしい贈り物だ。
「これ北海道でも育つ?」
「あぁハナミズキを庭植えで育てられるのは道南部から道央部までと言われているから大丈夫だって。軽井沢では苗木の庭植えの植えつけや植えかえは4月に行うけど、北海道なら今の時期でいいだろう。ただ寒さにそこまで強くないから、北風を避けたところに植えてこいよ」
「うん、分かった!」
すっかり詳しくなって……もう僕より詳しいな。弟の成長や心遣いが嬉しくて堪らない。
「花水木《はなみずき》か、潤、お前やるな。まさに瑞樹の花じゃないか」
「そうねぇ。瑞樹の分身を置いてらっしゃい」
お母さんと広樹兄さんの言葉に背中を押してもらい、僕は大沼に移動する。
大沼に一泊してそのまま東京に戻るので、今回はここでお別れだ。
「ありがとう!また来ます」
「あぁ今度は違う季節に来いよ」
「うんそうだね。宗吾さんたちにはいろんな函館を見てもらいたいよ」
「じゃあ冬景色も見てもらえ。北海道の冬はいいぞ」
「そうだね。お母さん、兄さん、潤、ありがとう! 本当にありがとう!」
感謝の気持ちで満ちた、帰省だった。
僕はずっと……こんな風になりたかった。
ずっと……その夢が叶った。
宗吾さんが叶えてくれる。
僕が愛した人が、幸せを運んでくれる。
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