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紫陽花の咲く道 6

「宗吾さん、もうここで……これ、気に入ってもらえるといいのですが」  胸に抱いた紫陽花のブーケを宗吾さんに見せると、自信に繋がる言葉をもらった。 「君はいつも頑張っているから、大丈夫だよ。さぁ行っておいで。」 「……はい! 行ってきます」  宗吾さんと別れた後も、僕の心はずっと煌めいていた。 『言葉は魔法だ。縛りつけるものではない。凝り固まったもの……心を解き放ってくれるMagic Wordだ 』  先日読んだ物語から、感銘を受けた一文だ。 『Magic Word』か……  僕はずっとその逆で『口は災いの元』だと、思っていた。    函館に引き取られた当初、潤の事をを死んでしまった弟の夏樹と呼び間違えた所から歪が出来てしまったのが、最初の躓きだった。  不用意な発言は……結局自分に災いを招く結果になる。だから言葉は十分に慎むべきだという戒めを思い出し、すっかり口が重たくなってしまった。  自分の感情と向き合って、心に浮かぶ言葉を外に出すのを、その日からやめてしまった。ただ嫌われないように、目立たないように、多くは語らず……ひっそりと生きて来た。  一馬との恋もそうだ。何一つ自分の事情を語らなかった僕には、一馬を引き留める事は出来なかった。  逃げていたのだ。隠れていたのだ。  自分の人生から目を逸らして……  でも宗吾さんと芽生くんと出逢い、ふたりから明るく気さくに『魔法の言葉』をもらった。  大丈夫だよ。  ありがとう。  頑張ってるね。  大好きだよ。  流石だね。  幸せだな。  分かるよ。  俺がいる。  ボクがいるよ。  口癖のように『魔法の言葉』を僕に向けて放ってくれる明るく前向きな二人と接するうちに、今まで言うに言えなかった小さな悩みや些細なトラブルが、次々に消えていった。  その代わりに夢や希望……  今までしたくても出来なかった事、手が届かないと思っていたものが、近くに感じられるようになった。  その結果、僕の心は解き放たれた。  指輪って……結婚指輪のことでいいのかな。  幸せだ……  どこまでも、愛されている、満たされている。 **** 銀座の美容室に行くと、花嫁さんが支度中だった。  土日が休みでない仕事に就くご夫婦なので、今日……水曜日の夜にレストランウェディングをするそうだ。 「お待たせしました。加々美花壇の葉山です』 「わぁ!お花、すごく楽しみにしていました」 「こちらです。いかがでしょうか」 「きゃー想像を超える美しさだわ。ありがとうございます。持つだけで幸せな気持ちになります」 「ありがとうございます。どうぞお幸せに」 「あの、今日は凄い雨だったのに、すみません。人気のフラワーデザイナーさん自ら持ってきて下さるなんて感激しました」  嬉しい言葉をまたもらった。 「あーでも結婚式が雨だなんて残念です」  花嫁さんが、少し残念そうに口を尖らせた。 「でも……雨はヨーロッパの言い伝えで『Mariage pluvieux mariage heureux』と言われていますので。えっと……和訳すると『雨の日の結婚式は幸福をもたらす』という意味なんですが」 「どうしてなんですか」 「それは……二人が一生に流す涙を神様が代わりに流してくれ、雨に天使を乗せて新郎新婦に贈ってくれていると言われているからですよ」 「わぁ素敵ですね! そう考えると前向きになれます」 「良かったです。どうぞお幸せに。沢山の幸せが振り込んできますように」  一目で気に入ってもらえ、涙まで流されて、僕ももらい泣きしそうになった。  どうかお幸せに。  願わずにいられない。  僕の作ったブーケが、少しでもその幸せが増す手伝いが出来たらいいと思う。 「お帰り、葉山」 「上手くいったか」 「うん、とても喜んでもらえたよ」 「よかったな。ウェディングに紫陽花のブーケも悪くないな」 「そうだね、昔はタブーだったけど」  昔は紫陽花の花言葉といえば、『移り気』が一番でマイナスイメージのものしかなく、結婚式には不向きだったそうだが、最近ではジューンブライドに相応しい花として一定の需要がある。  小さなガクが集まって大きい花に見えることから、『家族団らん』『家族愛』という意味があるそうだ。 「あっそうか」 「何?」 「なんで今日……紫陽花を指定してきたのか、分かった」  さっきの花嫁さんのお腹には赤ちゃんがいたのだ。だから家族に重きを置いたのだろう。  そういうのっていいな。  産まれて来る子はしあわせだ。 「葉山はさっきから何だかご機嫌だな。もしかして道で大事な人と偶然会ったとか」 「あっ、えっ、なんでそれ?」  さっと顔が赤くなるのが、自分でも分かった。  すると菅野に笑われてしまった。 「あーもう。葉山は可愛すぎだろぉ。瑞樹ちゃんよぅ、悪い男に騙されんなよ」 「おい!」  同期の菅野とじゃれ合っていたら、リーダーにじろりと見られてしまった。 「あの、傘ありがとうございます。お陰で助かりました」 「うん、透明の傘も案外いいだろう」 「はい! 周りがよく見えました!」  視界がクリアになって、雨の世界をじっくりと味わえた。  透明の傘は……宗吾さんに離れていても守られていると感じる感覚と似ていた。 「どうやら道中、余程いい事があったようだね」 「えっ」 「君は顔に出やすいよ。でも幸せそうで良かった」 「あっ……ありがとうございます」  

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