369 / 1638

紫陽花の咲く道 21

 瑞樹と洋くんが何か悪巧みをしている事には、薄々気づいていた。  そもそも瑞樹はいつも顔に出過ぎで、考えている事がバレバレなんだよ。  まぁそこが彼特有の可愛い所でもあるのだが。  洋くんの方は、大人な雰囲気の丈さんと二人の時は、ふざけたりしなさそうだ。  ともかく二人の可愛い悪戯を甘んじて受けようと、ワクワクしていた。  それにしても、さっきは焦ったな。  流の奴、俺の瑞樹の乳首を覗き見るとは、許せないぞ。  瑞樹の慎ましいアソコは俺だけのものだ! 「同感ですね、まったく流兄さんは」 「え? 今、俺、口に出していたか」 「いえ、でも……恐らく考えている事は同じかと」 「参ったな」  丈さんと顔を見合わせ、苦笑してしまった。 「お二人さん、さっきは悪かったな。これ口直しに食べろ」 「おおっ揚げたてか」  流が出してくれた海老の天ぷらを口にすると、衣がふわっと軽くサクッとして美味しかった。 「うーん、この天ぷらに免じて許すか」 「丈さんも機嫌直せよ」 「ふっ……結局いつもそのパターンなのだ。兄さんは私がムッとしていると、こうやって食べ物で釣るから、敵わない」 「なるほど、でもそういう関係っていいな」  実は俺にも5歳年上の兄がいるが、この寺のよう仲睦まじい兄弟関係ではない。ひょっとして、もう何年も喋ってないんじゃないか。  兄は裁判官という堅苦しい職業に就いており全国を転勤し続けているので会うことが少ないし、そもそも異端児の俺には近づきたくないのだろう。ずっと毛嫌いされていた。 「いや……実は私はずっと兄たちと上手くいっていなかったので最近だよ。洋を連れてこの月影寺に帰ってきてから関係がガラリと変わった。何事も分からないものだな。何かをきっかけにひっくり返る事もある」 「そうなのか。だが羨ましいよ」  しみじみと日本酒を飲んでいると、丈さんが静かに注いでくれた。 「宗吾さんも、結構飲める方みたいだな」 「あぁ普段は日本酒はあまり飲まないが、この酒はいい。水のようにサラサラと喉越しがいいな。ちょっとラベル見せてくれ」 「あぁ、これは兄さんと同じ名前で」  ラベルには『翠』と書かれており、裏を返せば製造元は京都の酒造だった。 「へぇ、翠さんの雰囲気そのものだな」 「あぁ」  ふと丈さんの左手にしっとりと輝くシルバーの指輪が気になった。 「その指輪って、もちろん洋くんとのだよな?」 「あぁそうだ。洋の亡くなった両親の形見だ」 「そういうのもいいな。ところで君たちは結婚式みたいなのを挙げて交換したのか」 「あぁしたよ……一昨年の七夕の日に」 「へぇ……どんな式を。どこで? どんな風に?」  身を乗り出して聞くと、怪訝な顔をされてしまった。 「少し落ち着け。もしかして……結婚式に興味があるのか。瑞樹くんと考えているのか」 「あぁ実は明日、この寺の庭先で瑞樹に指輪を渡そうと思って準備してきた。いやその……戸籍上どうこうではないが、もう俺たち、そういうつもりなんだ」 「なるほど、それならぜひ協力したい」 「ふぅん、それ僕もしたいな」 「わっ翠さん、いつの間に」 「俺ものるぜ」 「流まで!」  そんな話をしていると、いつの間にか翠さんと流さんも傍で聞いていて、瑞樹にサプライズ企画をしようと盛り上がった。 「よし! 決まりだな」 「あぁよろしく頼む。いい思い出になるよ」  こそこそ話していると、少しほろ酔いの瑞樹と洋くんが上機嫌な顔で酒を注ぎにやってきた。  さっきから何度も俺たちに熱心に勧めるとは、やはり酔わせて何かするつもりだな。  よしよし、ご希望通り酒に呑まれてやろうと、ぐいっと景気よく飲み干した。  結構、回ってきたな。 「丈さんもいい感じか」 「あぁもう一息だ」 **** 「オヤブン~」 「なんだチビスケ」  パパとおにいちゃんとあそびにきたお寺には、いろんな人がいた。  ボクのおきにいりはちゅうがくせいのおにいさん、つまりオヤブンだ。  ほんとは『ナギ』っておなまえみたいだけど、だんぜんオヤブンが、かっこいいよ! 「あのね、オヤブンのおとうさんは、あのきものをきているひとだよね? おかお、にてるもん」 「あーそうそう。ひとりだけ浴衣を着せられている人」 「じゃあ……オヤブンのおかあさんはどこ?」 「はっ? 何だ急に」  このお寺にはおんなの人がだれもいないから、ふしぎだった。 「あーオレの母さんは、今は遠くにいるよ」 「とおく? おそらのほし?」 「違う違う! ちゃんと生きてるよ。でも、とっくの昔に離婚したから別々に暮らしている。って幼稚園児に言ってもわからないか」  『りこん』  いつもおばーちゃんやパパが話すことばだ。  じゃあオヤブンもボクとおなじなんだ。 「ねぇねぇ……あのね、いつから『りこん』してるの?」 「ん? オレが小さい時だよ。そうだな、今のチビスケ位の時だったよ」 「そうなんだ! やっぱりおにーちゃんはボクのオヤブンだ!」 「うーん、そのオヤブンっていうのはよせ。そうだな『アニキ』くらいがいいんじゃねーか?」 「ほんと? じゃあこれからは『アニキ』ってよんでもいい?」 「もちろん!オレでよかったらニーサンがわりになってやるよ」 「わぁ!」  パパもミズキおにいちゃんもダイスキ!  だけどね……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……ようちえんで、ぼくだけちがうのが、さみしかったんだもん。  ごめんなさい。  でもアニキも……おなじなんだ。ボクだけじゃないんだ。  おかあさんがいきているのに、いっしょにくらしていないの。  だいじょうぶなんだ、これで!  そうおもうと、ますます、アニキのことがすきになった。 「アニキー、きょうはいっしょにねてもいい?」 「えっマジ? オネショすんなよ」 「むっ、ヘイキだもん! もう6さいだよ!」 「まだ6歳だろ?くくっ」 **** 「じゃあな」 「はい。翠さん、流さん、本当にご馳走様でした」 「いえいえ。丈も宗吾さんも泥酔しちゃったね。あのままソファで寝てしまいそうだ。ここはあまりにもお酒臭いから、芽生くんは母屋で預かるよ。薙に懐いて離れないし。だから洋くんと瑞樹くんは水入らずの時をゆっくり過ごしてね」 「ありがとうございます! 何から何まで」    浴衣姿のたおやかな翠さん。  さっきから浴衣が着崩れそうになると流さんがすっ飛んできて、さっと直すもんだから面白いし微笑ましかった。  僕と洋くんに、こんなぶかぶかなシャツを着せる彼らとは、大違いだ。  流さんと翠さんの姿が見えなくなったのを見計らって、僕と洋くんは顔を見合わせた。 「さてと、いよいよ……待ち望んだ時間の到来だね!」 「よしっ、がんばろう!」  ハイタッチしながら、妖しく微笑んだ!   あとがき (不要な方はスルーで) **** こんにちは、志生帆海です。 いつも読んでくださり、応援をありがとうございます。 最近『重なる月』の登場人物が沢山登場しています。読まれていない方には、少々分かりにくい内容になっていて申し訳ありません。瑞樹と宗吾さんと芽生くん……いつものメンバー以外の人と絡ませたくなってしまいました。あと今後の物語への絡みもありますので、外せないシーンでした。 あとおそらく数話で、北鎌倉の話は終わりますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。

ともだちにシェアしよう!