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箱庭の外 6
「パパ、これがいいんじゃない?」
「うーん、黄色かぁ」
「駄目?」
「うーむ」
「もう、じゃあこっちは」
「えっ今度は真っ赤かぁ、なぁ……もう少し地味なのを頼む」
「じみ? パパ、もぅ~おじーちゃんみたいなこといわないで」
「おじーちゃん? それも困る!」
芽生くんが一生懸命、宗吾さんに洋服を選んであげている。
ふふっ、信号みたいな色ばかり持って来られて、宗吾さんがたじたじなのが面白いな。
その様子が微笑ましかったのと、大切な親子の時間の邪魔をしたくなくて、僕は店の片隅でそっと様子を見守っていた。
「おいっ、瑞樹はどう思う? 君ならどれがいい?」
宗吾さんはすかさず僕を見つけ、おいでおいでと明るく手招きしてくれる。
「あっはい」
彼はこんな時、すぐに僕を輪の中に迎え入れてくれる。
さり気なく……それでいて強引に。
宗吾さんって本当に裏表がない人だ。
いつも直球で僕を求めてくれるのが心地いい。
駆け引きなしに欲しいものを欲しいと言ってくれる。
僕の躰を求める時だって、いつもそうだ。
どこまでも貪欲に、それでいて僕の躰を気遣い……でもやっぱり全てを奪うように強引な時もあって。僕はいつだってそんな宗吾さんの強引さが心地よくて、素直に身を委ねて快楽を求めてしまう。
ここ最近、金曜日の帰宅がスクールのため遅くなり、疲れてそのまま眠ってしまう事が多かった。
きちんと最後まで出来ていないからなのか、中途半端に分散しているせいなのか。もしかして欲求不満なのは、僕の方なのかもしれない。
こんなに自分の性欲が強いと思わなかったので、照れ臭いし、恥ずかしいな……
「おい? 顔がにやけているぞ」
「え?」
しまった! 頭の中が飛躍し過ぎた。
ここはショップの中だというのに、恥ずかしい。
「もしかして……エッチなこと考えていた?」
耳打ちされて、いよいよ、しどろもどろだ。
流石にそうですとは白昼堂々と言えない!
「ち、違いますよ! な、なんで……もう……」
「あのぉ……お客様、結局どちらになさるのでしょうか」
「す、すみません」
「よし、じゃあこの3色に決めた。君に選んでもらおうと思ったが、やっぱり俺が選んでもいいか」
「はい! やっぱり宗吾さんらしいですね」
結局、彼が全部決めてくれた。
「パパーこれ、ならべるとお空みたいだね」
「本当だ。それから海にも見えますね」
濃い青は宗吾さん。
水色は僕。
さらに淡い水色は芽生くんだ。
ポロシャツを3枚並べると、空のようにも海のようにも見える繊細なグラデーションを描いた。
「だろ? みんな同じ色もいいが、3人並ぶと、より綺麗に見えるのも斬新でいいと思ってさ」
「はい。僕は水色が好きです。空の色、海の色……広くて深い、自然の色ですね」
「そうだ。その空の下に咲く花が、君だよ」
「そ、宗吾さんは、もう」
「深みを増して行く……辿り着くのが楽しみになるような、コーデだよ」
「もう……流石です」
どこでも包み隠さず僕への愛を囁いてくれるから、なんだか酔ってしまいそうだ。
宗吾さんは外でも同性の恋を隠さず、当たり前のように堂々としているので、周りも変に勘繰らないで、あたたかな眼差しを向けてくれる。
「これを着て、どこかに行きたくなりますね」
「夏の旅行か」
「はい、芽生くんも夏休みに入るし、どこかに連れて行ってあげたいです」
「そうだな夏はキャンプなんてどうだ? 涼しい高原もいいな」
「そうですね」
「あーでも、その前に俺、海外出張なんだよなぁ」
「あっそうでした……」
実は来週から宗吾さんは、再びニューヨークへ出張に行く事が決まっていた。
広告代理店という仕事柄、海外出張が年に数回あるのは理解している。前回は昨年の秋だから、だいぶ間が空いた方だ。お互いにサラリーマンだし贅沢は言えない。
「ちゃんと芽生くんとお留守番しているので、大丈夫ですよ」
「あぁ悪いな」
「……少し寂しいですが」
「ん、俺もだ」
****
その晩は、僕の方から求めてしまった。
芽生くんを子供部屋に寝かしつけたあと、すぐに宗吾さんの元に歩み寄った。
「宗吾さん……」
照明を落としたリビングのソファ。
そこで寛いでいた宗吾さんに話しかけると、彼も分かっていたかのように両手を広げて迎え入れてくれた。
「芽生は寝たのか」
「えぇもうぐっすりと」
「そうか、ありがとう。瑞樹、おいで」
抱擁、そして熱心な口づけ。
僕の方から唇を押し付けるように奪ってしまった。
「ん……珍しいな、君の方から積極的に求めてくれるなんて」
「駄目ですか。僕だって……男ですから、したくなる時もあります」
「ふっ、そんな言葉で煽っていいのか」
「後悔しません」
「……何かあったのか」
「あ……すみません」
「話して。あ、もしかして昼間のこと気にしているのか」
今日……花を贈った人がいた。
僕の花は奥さんの心を慰めたが、旦那さんの心を逆撫でてしまったようで、何とも居たたまれなかった。
その事がまだ小さな棘のように刺さっていた。
宗吾さんに真剣な目で覗き込まれたので、コクンと頷いた。
「なぁ、瑞樹……万人に好かれるのは無理だよ」
「理解はしているのですが……僕はずっと人から嫌われることを恐れていたので、つい」
「あぁ君の境遇では仕方なかった。でも人間って十人十色という諺があるように、一人も同じ人はいないだろう。俺と瑞樹だって全く違う個性だ」
「……そうですね」
宗吾さんが僕を抱きしめ、髪を撫でながら……諭すように優しく話してくれる。
だから僕は……素直に彼の話を耳を傾けられる。
もっと話して欲しい。
迷う心を導いて欲しい。
「世の中にはどうしても自分と合わない人間がいるものさ」
「……そうですよね。僕は……つい八方美人になりがちで」
「万人に好かれようと思って……本当に大切な人を蔑ろにしてしまうことが一番怖いよ。自分も好きで、相手も自分を好いてくれるのであれば、その人をまず大切にすべきだ」
彼の話は核心をついていて、ハッとした。
「宗吾さん、僕は……うっかり大切なものを見失いそうでした」
「俺と瑞樹はいい関係だよな。個性を認め合って愛し合っているだろう」
「はい……僕もそう思っています。宗吾さんの前ではどこまでも自然体でいられます」
人間関係は難しい。
無駄な駆け引きをせず、自然体に振る舞っていきたい。
そんな僕を愛してくれる人を、愛したい。
「すみません、いつまでも引きずって……」
「大丈夫だ。ちゃんと話してもらえて嬉しいよ。だが、この先は俺のことだけを考えて。旅立つ前に、君をたっぷりと愛させてくれ」
「沢山触れて欲しいです。今日は特に……」
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