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箱庭の外 20
「やぁ時間通りだね」
「母さん、瑞樹くんと芽生くんが来てくれましたよ」
「まぁ嬉しい。待っていたわ。さぁ入って頂戴」
日曜日、約束の時間に病室に行くと、憲吾さんに歓迎してもらえたのでホッとした。
憲吾さんとは、最初はどうなることかと思ったが、こんな風に円満な時を過ごせるなんて……本当に良かった。
憲吾さんも宗吾さんも、流石、人徳のあるお母さんが育てた息子さんだ。
根っこの部分が同じだと気付く事が出来て良かった。
「おばーちゃん、これおてがみだよーみてみて!」
「まぁまぁ、うれしいわ」
芽生くんが朝から一生懸命描いた絵と手紙を渡すと、お母さんは目を細めてくれた。とても優しい眼差しだ。
祖母と孫って……何度も思うが、そこに二人がいるだけで優しさが滲み出て周囲を和ませてくれる。
「わぁ芽生はキレイな色を出せるようになったのね、この緑色はとても深いわね」
四つ葉のクローバー畑で芽生くんとおばあちゃんが手をつないで笑っている。
クローバーのグリーンは、青と黄色の色鉛筆を重ねて生み出した色だ。
力の入れ加減で、綺麗にも汚くもなる。
結局何事もバランスなんだな……
双方がいいバランスで重なり合うと、美しい色が生まれる。
人と人も同じだ。
どちらかに負荷がかかり過ぎても駄目だ。
それは僕と宗吾さんにも言えること。
あの夜、宗吾さんからの電話で……僕は大泣きしてしまい、沢山甘えてしまった。最後に宗吾さんがお母さんを心配する気持ちに、僕から触れたが、ちゃんと伝わったかな。
宗吾さんだって生身の人間で万能ではない。僕も宗吾さんに少しは甘えてもらえるようになりたい。もっと精進したいな。
「瑞樹くん、宗吾は電話で何か言っていた?」
「お母さんの事を、とても心配されていました」
「まぁ嬉しいわ。あとは、あなたに早く会いたいって言っていたでしょう?ふふ」
「あ……はい」
「そして今、瑞樹くんも宗吾に早く会いたいと思っているわね」
図星だ。
僕たちは今……お互いに少し心細くなっている。会いたがっている。
電話でも十分に触れ合えたが、やはりもうすぐ生身の宗吾さんに会えると思うと、そわそわしてしまうのが本音だ。
「ふふ、あなたと宗吾は『持ちつ持たれつ』の関係になってきたわね」
「え?」
さっき頭の中で漠然と考えていた事を、口に出されたので驚いた。
「あの……?」
「瑞樹くん。あのね『持ちつ持たれつ』って、自分一人では不安だけど相手が支えてくれるから頑張っていける。自分も相手のためなら手助けを惜しまないという意味合いよね。つまり二人の間には良好で対等なパートナーシップが成り立っているの。なんだか宗吾と瑞樹くんを見ていると、最近はこの言葉が浮かぶの」
「ありがとうございます。いい言葉ですね」
『持ちつ持たれつ』か。
僕と宗吾さんも、そうありたい。
「おっと、そろそろ時間だな。空港まで送るよ」
「あの、本当にいいのですか」
「涙のご対面にお邪魔かな」
「い、いえ、そんなことは」
「いや、本当にお邪魔虫かもしれないな」
「送っていただきたいです。憲吾さんに」
素直な気持ちだった。
憲吾さんとの事で僕もかなり落ち込んで尾を引いて……宗吾さんを心配させてしまったが、今はもうこんなに和やかな会話が出来る。それを彼に直接見てもらった方がいいと思う。
「お母さん、また来ますね」
「ありがとう。無理しないでね」
「僕が来たくて」
「可愛い子、末っ子はそうでなくちゃ。まだまだ甘えていいのよ」
「あ……はい」
末っ子って、僕のことだよな。
うわ……照れ臭いけど、なんて甘美な呼び方なのか。
「ありがとうございます!」
****
「滝沢さん、起きて下さいよ」
「悪い……寝てたか。俺」
「えぇ機内食も食べずに爆睡でしたよ」
「参ったな。今どのあたりを飛行中?」
「何言って……もう日本ですよ。ほら、着陸しましたよ」
「えっ!」
窓の外を見ると、日本の夕焼けが見えた。
確かに羽田国際空港ターミナルだ。
瑞樹の待つ日本に着陸するシーンを、じっくりと感慨深く味わおうと思ったのに、このざまか。
「ははん。さては夜に備えて時差ぼけを強制修正ですかね?」
「馬鹿、何言ってんだか。そういう林さんだって寝てたんじゃ」
「バレたか。今日は辰起がオフなんで迎えに来てくれるのでね」
「……お互い幸せだな」
瑞樹と芽生が迎えに来てくれる予定だ。
もうあと30分以内に会えるのか。
1週間の出張がこんなに堪えるとは情けないが……俺たち新婚なんだ、しょうがないだろう。
いや、瑞樹とは永遠にこんなことやっていそうだな。
手続きを済ませて、スーツケースを押してズンズンと進む。
「どこだ、どこにいる?」
すると到着ロビーの人だかりの最前列に、瑞樹が芽生を抱っこして手を振っていた。なんと芽生は、手書きの旗を振ってくれている。
『パパ おかえりさない! おつかれさまでした』
うぅ……なんか感動するぞ。あー息子っていいな。
疲れが吹っ飛ぶよ。
そして瑞樹の顔をしっかり捉える。
彼特有の照れくさそうに甘くはにかんだ笑顔。
あぁよかった。
明るく笑ってくれて……
この笑顔を直接見ることが出来てよかった。
便利な世の中になり、テレビ画面で通話も出来るが、やっぱり生は違うな。
人と人。手と手。肌と肌。
人間ってさ……血が通っているからこそ、触れ合いたくなる生き物なんだと痛感するよ。
「ただいま!」
瑞樹と芽生を、ガバっと大きくハグした。
「わ、宗吾さんってば、こんな所で……だ、駄目ですって」
「これは家族としてのハグだ! ハグ!」
「パパーくすぐったいよぉ。おヒゲー!」
「あっ悪い」
「瑞樹、芽生、会いたかったぞ」
そのままキスする勢いだったが、流石にそれは自重した。
「あーコホン、コホン」
ん……俺に向けて……咳払い? 誰だ? 家族の再会を邪魔するのは。
ちらっと横目で咳払いしている人物を見て、驚愕した。
「に……っ、兄さん!?」
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