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夏便り 5

「瑞樹ぃ……まだ怒ってるのか」 「……怒っては、いませんよ」 「悪気はなかったんだ」 「宗吾さんは、もう……」  日曜日の寝起きは、散々だった。    宗吾さんと僕の躰のサイズの違いを、まざまざと見せつけられた気分だ。  よくよく聞けば、ちゃんとズボンも履かせてもらっていたらしい(宗吾さんのだけど)。でもウエストが緩くて、僕が何度か寝返りを打つうちに脱げてしまったそうだ(……本当かな?)  さっきは芽生くんの前で、僕の剥き出しの脚の内側につけられた痕を隠すのに必死だった。芽生くんは目聡いから、また見つかったりしたら、ややっこしい事になるよ。焦った!  それにしても朝から親子で裸で走り回るとか……もうっ!  あの親子は似たもの同士なのかも。 「おにいちゃん、ごめんね」 「芽生くん、お部屋を濡れたまま走ったらダメだよ。フローリングは滑るから、転んで頭でも打ったら心配だよ」 「わかったぁ」  午後になり、宗吾さんの運転で出掛けた。 「瑞樹、浴衣を買いに行く前に、母さんのお見舞いに行っていいかな」 「もちろんです。そろそろ退院予定日が分かるでしょうか」 「たぶんもうすぐ出来るよ」 「良かったです」 **** 「母さん、入りますよ」 「あら三人で仲良く来てくれたのね」 「はい……お邪魔します」  お母さんの病室は四人部屋だ。皆さんカーテンを閉めているので、僕達も静かに挨拶する。 「もう点滴も取れて動いていいのよ。だから談話室に行きましょう」 「はい!」  お母さん……良かった。ずっとずっと顔色いい。ホッとして涙が出そうになり、慌てて目頭を押さえた。 「あの……僕はアレンジメントの手入れをしてから行きますね」 「まぁ嬉しいわ。このお花、綺麗ねって看護師さんから評判なのよ。しかも専属のフラワーアーティストさんが手入れをしてくれるので持ちがいいわ」 「嬉しいです」  お母さんには、お見舞いで薔薇のアレンジメントを贈った。  こまめに水をやり、枯れた葉や花びらを摘まんでいるので、驚くほど綺麗に保っている。  すぐに枯れない。簡単には枯れない。  愛情をかけた分だけ、長く綺麗でいてくれる。  人も花も似ている。 「まぁ……それで、これから浴衣を買いに?」 「そうなんだ」  花の手入れを終えて談話室に行くと、話が盛り上がっていた。どうやらこれから浴衣を買いに行く話を、宗吾さんがしたらしい。  昨日子供みたいに駄々を捏ねた事を思い出し、少し照れくさい。 「あのね、買うのもいいけど、うちにも沢山あるのよ」 「え?」 「覚えていないの。あなたたちに作ってあげたのに全然着てくれなくて」 「えぇそうだったのか。それ、いつの話だよ?」 「そうねぇ……高校生くらいかしら」 「悪い、反抗期だったか。でもきっと俺にはもう入らないよ」 「馬鹿ね、瑞樹くんにどうかなって話よ」  僕に? 何だか急に話を振られてドキドキした。  思い切って話題に飛び込んでみよう!   「あ、あの……」 「あらちょうど良かった。瑞樹くん、実はね、宗吾にあつらえた浴衣があるのよ。もしよかったら着てくれないかしら?」 「本当に僕が着ても?」 「もちろんよ。私が手縫いしたのよ。デパートで買うみたいにきちんとしていないけれども、一度も着てもらえなかったのが残念で、処分出来ずにいたの」  しかもお母さんの手縫いで、宗吾さんの浴衣。  なんだか嬉しすぎて、心臓がバクバクしてきた。 「僕でよかったら是非着させて下さい。浴衣、着てみたくて、実は昨夜、宗吾さんに強請ってしまったのです」  素直に僕の気持ちを、お母さんにも伝えた。 「ふふっそうだったのね。宗吾に作った浴衣だけど、あなたにも似合いそうな色なのよ。嬉しいわ」 「おばあちゃんーいいなぁボクもユカタほしい」 「ちゃんと芽生にもあるわよ。パパが小さな頃に着ていたお古だけどいい?」 「パパの? うれしい!きるよ!」 「あぁなんだか嬉しいわね。時代を遡るような気分だわ」  お母さんが笑い、僕も芽生くんも笑っていた。 「なんだ、俺好みの浴衣をプレゼントしようと思ったのに」  あれ? 宗吾さんだけ、少し不服そう?  そうだ……きっと彼が喜ぶ事を、僕はそっと耳元で囁いた。 「だって宗吾さんの浴衣なんですよ、僕が着るのは……それって宗くんの好きな『彼……ナントカ』では、ありませんか」  小声で言ったのに、宗吾さんの返事は大声だった。   「お!そうか、浴衣でも『彼シャツ状態』だな。よし、そうしよう。母さん、ぜひ頼むよ!!」 「そ、宗吾さん! ここは病院ですよ。お静かに!」 「まぁいやだ。宗吾は現金ね、くすくす」 「……もう、僕は恥ずかしいです」  いよいよもうすぐお盆休みだ。    お母さんの退院もまだ確定していないが、もう間もなくのようだ。  僕達は宗吾さんの実家……お母さんの家に、集合することになった。 「瑞樹、浴衣、本当によかったのか、新品じゃなくて……気を遣い過ぎるなよ」 「気を遣うだなんて……本心です。お母さんの手縫いなんて、どこを探しても手に入らないので、嬉しいです」 「そうか……ありがとうな。君のお陰で、今更だが俺も親孝行を出来ているよ」 「宗吾さん……僕がそうであったように、遅いという事はないですよ。今からでも間に合いますよ」  それは自分自身に投げかける言葉でもあった。  亡くなった家族……  大沼のお墓には今年は行けないけれども、あの時植えた花水木の苗が育っているだろうな。傍にいるからね。離れていても心は近くにいるよ。  それから函館のお母さんと兄さん、そして信州で頑張る潤。  今、この世に生きている家族にも思いを馳せてしまう。  それが『お盆休み』ならではの、心のゆとりなのかもしれない。 「もうすぐお盆休みだな」 「えぇ、僕も合わせて休みを取れて良かったです」 「そうだな。街の花屋は忙しいだろうが」 「飛行機も新幹線も予約で一杯でしょうね」 「今年は徒歩で帰省だな」 「はい!よろしくお願いします」  この夏……僕は一番近くにいる母の元に、帰省する。  愛しい家族と共に、笑顔を連れて――

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