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夏便り 6

「よーしっ、じゃあ予定変更だ」 「え? どこへ」 「デパートに行かなくて良くなったから、公園に行こう」  車をUターンさせた。 「こうえん? わー! うれしい」  キッズシートに座っている芽生が、バンザイし足をバタつかせ、全身で喜びを表現している。  この1週間、病院の見舞いばかりだったもんな。そろそろ思いっきり身体を動かしたいだろう。 「わ、芽生くん、そんなに暴れちゃダメだよ」 「ごめんなさい。パパー! あそこのこうえんがいいな」 「噴水のか」 「そう!」  この前3人で行った公園か。  あの噴水広場で思いっきり遊びたがっていたもんな。   「瑞樹、芽生の着替え持ってきた?」 「あ、はい。最近はいつも車に一式積んでいます」 「じゃあ、いいか」 「そうですね。行きましょう」  そんな訳で、水飛沫をあげる噴水広場に到着した。  どうやら実に健康的で健全な、日曜日の午後になりそうだ。 「芽生、たっぷり遊べよ」 「やった! おにいちゃんも一緒にあそぼう」 「え? 僕は着替えを持っていないよ」 「すぐに、かわくよ~こんなに晴れているんだもん!」 「そうか。そうだね」  瑞樹が芽生に手を引かれて、噴水の中に連れて行かれる。  おいおい、大丈夫か。そこ、かなり濡れそうだぞ。 「わっ!」  案の定、瑞樹はすぐに頭から水を被って、びしょ濡れになってしまった。 「大丈夫か」 「あ、はい!暑いし、すぐ乾くかと」 「おにいちゃん見て! あそこに、虹が出来ている」 「本当だ、綺麗だね」  煌めく水飛沫の中にいる二人が眩しくて、俺は他の親御さんと同様に目を細めて様子を見守った。 「キラキラしているね」 「しずくが輝いているよ」  瑞樹も濡れたのを契機に、すっかり童心に戻ってしまったらしい。  芽生と同じレベルで、はしゃいでいる様子が可愛いな。  君が突然奪われた無邪気な日々を少しでも取り戻して欲しくて、こういう光景も悪くないと容認してしまった。    だが……暫く見守っているうちに、やっぱりその考えを撤回したくなった。  君が芽生と一緒に噴水の吹き出し口に近づくと、ぶわっとそれまでよりも大量の水が飛沫を上げて、いよいよ君の白シャツがびしょ濡れになった。 「駄目だろ、それ」  公園は家族連ればかりで変な奴はいないだろうが、その胸元は非常にまずい。  ばっちり透けてる!   肌に白シャツがぴったりと張り付いて、肌色がスケルトン状態だ。  いやそればかりか……君の両胸の可愛い尖りが、しっかり主張しているじゃないか。 「瑞樹こっちに来い。もうそれ以上、濡れるな」 「え?」  突然理由も分からず遊びを止められた子供のように、彼はキョトンとしていた。 「ちょっと来い」 「あ、はい」  遠目でも分かったのだ。間近ではもっと顕著に見えてしまい、いよいよ頭を抱えてしまった。 「なぁその胸元……少しは気をつけてくれよ」 「あ、透けて……」 「そうだよ」 「でも、ここは家族連れの公園ですし。あ、いっそのことシャツを脱いでしまいましょうか。ほら、向こうのお父さんも上半身裸ですよ」  何てことを! 童心に戻った瑞樹は恥ずかしがるのではなく、もっと脱ぐと言うので、唸りそうになった。  だが冷静に考えれば、これは普通のことだ。  男は濡れてこそ、水も滴るいい男になる。中途半端に透けている方が、色香が増してヤバイのか。  あー俺、何言って??  俺も暑さでやられたのか支離滅裂になってきた。 「わかった。俺が脱ぐ!」  潔く着ていたシャツを脱ぎ捨て上半身裸になり、そのシャツを瑞樹に羽織らせた。 「これは君が着てくれ」 「え、宗吾さん?」  瑞樹の方は……さっきまでの変なテンションは消え、おろおろしている。  えっと、その反応の真意は? 顔まで赤くして…… 「宗吾さんは、絶対に脱いじゃ駄目です!」 「え? 君だって、さっき脱ぐと言ったのに?」 「ニューヨークでも脱いだら声かけられたって……ここ、女性が多いから心配です」 「はは、瑞樹がそんな心配してくれるとはな」 「あっ、その」  自分で言った事に恥ずかしがる様子も、いいな。 「まぁ少しだけ芽生と遊んでくる。心配なら、君も傍にいてくれ」 「あ、はい! そうします!」  俺たちは夏の日差しを浴びて、水浸しだ。  芽生も全身びしょ濡れになり、他の子供に混ざって、わんぱくな笑顔を見せてくれている。     これぞ幼児のいる夏休みって感じだな。  子供の成長は早い。こうやって無邪気に過ごせる時間は、振り返ればとても短い。俺と兄にも、かつてこんな時間が存在したことを、ふと思い出した。 「宗吾さん、こんな風に僕たちが芽生くんの目線まで降りるのもいいですね」 「あぁ芽生も、今日はわんぱくだ。これは覚悟しないとな」 「でも、楽しいです! 」  水を滴らせた瑞樹が明るく笑えば、その場が煌めくようだ。  君とは、大人の澄ました時間だけじゃない。  腹の底から笑える、こんな時間、こんな関係もいいな。 「宗吾さん、僕もやっぱり脱いでいいですか。二枚も着ていたら暑いです」  甘えた調子で訴えてくるから、うっかりOKしそうになったが、やっぱりそこは妥協できなかった。 「君は絶対にダメだ。我が儘な俺を許せよ」 「いえ……仰せのままにします」 「おにいちゃん、もう一度噴水の近くに行こうよ」 「いいよ!」  瑞樹は気にしていないようで、芽生と手を繋いで再び歩き出した。  水飛沫をあげる光の輪に包まれていく、二人の背中が眩しいよ。  瑞樹は守られている。  天国にいる家族から……いつも、いつだって。  お盆休みという羽休めの一時。  君と芽生と過ごす家族の時間を、日が暮れるまで存分に楽しもう。  俺たち家族にも、本格的な夏の到来だ。

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