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夏便り 7

 公園でお互いの濡れたシャツを乾かし、芽生を着替えさせ、やっと帰宅の途についた。 「瑞樹、疲れただろう。すっかり暗くなってしまったな。よく遊んだ一日だったな~」 「……」  瑞樹からの返事はなかった。 「なんだ? 君まで眠ってしまったのか」  心地良い疲れは、充足の証か。  バックミラーに映った幸せな光景に、心が和んだ。  芽生は車が走り出した途端に爆睡してしまった。小さな口をぽかんと開いて、もうぐっすりだ。  これは想定内だったが、瑞樹まで芽生に寄り添うように眠ってしまうとは想定外だった。  さっきまで起きていたのに……  君も可愛い寝顔だな。  実年齢よりも幼く見えるのは何故だろう。無防備な寝顔に胸の奥が微かに切なくなった。  もしかしたら真夏の日差しが照りつける噴水広場で童心に返り一番楽しんでいたのは、瑞樹かもしれない。  公園での無邪気な笑顔。  日に透ける色素の薄い髪。   白いシャツの中で泳ぐ、ほっそりした躰。  水飛沫の中の君は眩しく、躍動感があって生き生きしていた。  瑞樹という人の、持って生まれた気質を感じさせる、いい笑顔だった。 「俺は君に『幸せな時間』を提供出来ているか」  俺の問いかけに、瑞樹は幸せそうな寝息で答えてくれた。  こんな時間を持てて良かったよ。  君と過ごす日常は、俺を満ち足りた気分にさせてくれる。  お互いにしたかった事を、これからも一緒に叶えていこうな! ****  お盆初日が、偶然にも母の退院日となった。  それに合わせて、俺たちも実家に泊まりに行く約束をしていた。まぁ世に言う『お盆休みに実家に帰省』というものだ。  兄さん達が母を病院に迎えに行ってくれるので、一足先に家の換気や母を迎える準備を頼まれていた。 「瑞樹、支度できたか」 「宗吾さん、あの、僕……やっぱりスーツの方がいいでしょうか」 「んーそんなに堅苦しく考えなくても。普段着でいいぞ」 「ですが、今日は改まってご挨拶をするし、やっぱり」  もう兄夫婦には病院で会っている。だから何を今更と思うが、彼にとっては違うらしい。  早朝から部屋を右往左往して落ち着かない。このまま部屋に閉じこもってしまいそうな勢いだ。 「どうした? 何をそんなに緊張する? 兄夫婦はともかく、実家へはもう何度も行っただろう」 「すみません。それはそうですが……お盆という家族の大切な時間にお邪魔するので、緊張しています」 「……瑞樹、ちょっと来い」 「えっ、あの……」 「少し落ち着こう。なっ」  彼の気持ちを落ち着かせたくて、瑞樹の部屋で、彼を抱きしめて優しいキスをした。 「ん、んん……」 「大丈夫だよ。兄も義姉も、もう君を受け入れている」 「……ですが」  いつになく弱気な君の様子が切なくて、口付けからしっかり愛を伝えたくなった。  真心を込めて、愛を伝える。 「君を傷つける事はない。もしそんな事が起きたら、俺が全力で君を守る。信じてくれ」 「……はい」 「気持ちが落ち着かないのならスーツで行こう。君のスーツ姿はストイックな雰囲気で堪らないからな」 「でもスーツだと、動きにくいかもしれません」 「はは、どっちにするんだ? 俺はどんな君でも好きだが」  結局……瑞樹はナロースタイル(現代風の細めでスタイリッシュなシルエット)の夏のスーツを、爽やかに着こなした。 「おぉ! 似合うよ」 「大丈夫でしょうか」 「おにいちゃん、かっこいい!にあってるねぇ」  おっと芽生の奴、最近は俺の台詞まで横取りだ。  俺も負けていられないな。 「そのスーツは活動的だし、君によく似合っているよ」 「芽生くんも宗吾さんも、ありがとうございます。粗相のないように頑張ります。だからサポートお願いします」  少し緊張した面持ちで、ペコッと頭を下げる謙虚な姿勢が、瑞樹らしい。 「おにいちゃん、ぼくにまかせて」 「ふふっ芽生くん、よろしくね。僕はまだ芽生くんのおばあちゃんちに不慣れだから、お部屋や物がしまってある場所とか、いろいろ教えてね」 「りょーかい!」 「しかしスーツを着た君は少し仕事モードで遠く感じるな。まぁあとで浴衣に着替えるからいいけが」 「宗吾さん? 僕は僕ですよ。どんな格好をしていても。浴衣も楽しみですね」 「そうだな! 浴衣の後のお楽しみもあるかな」 「な、ないです!今日はナシですよ!」 「そうなのか~つまらないな」 「もうっ今日は宗吾さんのご実家ですよ。どうか羽目を外さないでくださいね」  俺の実家は、純和風の建築だ。  そこそこの庭もあり、都内の一軒家にしては、まずますの広さを誇っている。  情緒があった母には誰も似ず、端正をこめた庭を愛でる人もいなくて可愛そうだったが、瑞樹は違う。    母とはそういう点でも、話が合う。  しかし今まで、なし崩し的に瑞樹を実家に連れてきていたが、こんな風に改まって挨拶を兼ねて向かうのは初めてで、俺まで緊張してきたぞ。  お盆だからか、厳しかった亡き祖父や父の顔がちらつくな。 「もしかして……宗吾さんも少し緊張しています?」 「……そうみたいだ」 「よかった。僕だけでなくて」 「あぁ」  俺たちは玄関の門を潜った所で、そっと手を繋いだ。すると少し伸びた枝に咲くピンクの花が肩に優しく触れた。 「あ、これ……芙蓉《ふよう》ですね」 「ん? あぁこれって、そういう名前なのか。母さんが気に入って昔、植えたんだ」 「芙蓉は真夏に大きな花を毎日咲かせ、庭を華やかに彩る樹木ですよ。朝咲いて夕方にはしぼむ繊細な花なんです。ただ何年も育てていると、木は上だけでなく横にも枝を伸ばしていくので……後で少し剪定しましょうか」 「流石に詳しいな。頼むよ」 「早速お役に立てる事が見つかって良かったです」 「そうだな。広い庭の手入れ……母にはもう無理になるかもな」  そうか……瑞樹なら、きっと母の意を汲んで手伝ってくれそうだ。  それはフラワーアーティストの瑞樹だから出来る事だ。 「僕でよければ、手伝いたいです。お母さんに伺ってみますね」 「ありがとう」  俺が瑞樹と出会って深い関係になったのには、不思議な縁が絡んでいる。  彼と過ごすと、こんな風にストンとパズルのピースが合うことが多い。 「宗吾さん、嬉しいです。僕にも出来る事があるのが……」  芙蓉の花影で微笑む瑞樹は、頬を花びらと同じ色に染めていた。  佇む姿はしとやかなのに、生き生きと輝いて見えた。  朝日を浴びて、瑞々しく……とても綺麗な男だと思った。      

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