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夏便り 15
「瑞樹、今、広樹に代わるわね。なんだか待ちきれないみたいよ。くすっ」
母さんから奪い取るように、受話器を耳にあてた。
「広樹兄さん?」
「おぉ瑞樹ぃ……元気にやっているか」
「うん、今ね……宗吾さんのご実家にいるんだ」
「そうか、そうか」
「兄さんに早く教えたくなって」
「何をだ?」
何だろう?
瑞樹が俺に話したい事って何だ?
ワクワクしてくるぞ。
「西瓜の切り方だよ」
「へ?」
驚いた……えっと、なんで、今、わざわざ……西瓜なんだ? しかも丁度、西瓜を切っていた所だ。
「宗吾さんの家で、お姉さんから皆が甘い部分にあたる切り方を習ってね」
お姉さん? という事は、宗吾の兄夫婦もそこにいるのか。
「そんなのあるのか」
「うん、今、画像で送るね」
「おお」
すぐに西瓜の写真が届いた。
大皿の上に、すっきりと鋭角にカットされた西瓜が沢山並んでいる。赤く熟れていて、どれも美味しそうだ。
「画像届いた?」
「あぁばっちり」
「あのね、まず西瓜を1/6にして、それを斜めにカットし、次は反対側を斜めにして、全てが三角形になるように切っていくと、こうなるんだ。尖った山ばかりで美味しそうだよね」
「う……」
猛烈に後ろめたい気分が、暗雲のように立ち込めて来た。
「兄さん、聞いてる?」
「瑞樹……ごめん。すまなかった! この通りだ、許せ!」
受話器を持ったままペコペコと躰を折り畳むと、隣に座っている母さんが目を丸くしていた。しかも勢いで机に頭を激突させてしまい、ゴンっと鈍い音を立ててしまった。
「イテテ……っ」
「ちょっと兄さん大丈夫!? しかも何を謝っているの?」
瑞樹が不思議そうな声をあげた。
「……ほら、昔、西瓜を食べる時、お前、いつも遠慮していただろう。俺と潤が奪うように真ん中の甘い所食べちゃって、反省してる。悪かったな」
「えっと……そんな事もあったよね。でも僕は兄さんや潤が美味しそうに食べるのを見たかったから、気にしていなかったよ」
「だが、この電話……あの時の恨みじゃ」
ちょっと言葉が悪いよな~と思いつつ、聞いてしまった。
「恨みって、もう……くすっ、何言っているの? 違うって! 潤と兄さんが西瓜の取り合いで喧嘩していたから、こうやって切れば平和になるかなって思っただけだよ? 」
「おいおい、そんな心配すんな。俺はもう大人だ」
「くすっ、はい、そうでした! 兄さんは、もうすぐ結婚するしね」
「おお、そうだ日取り決まったんだ」
瑞樹には五月の連休に帰省した時に話していたが、この秋、俺は高校の同級生の女性と結婚する。
「いつなの? 絶対に参列するよ」
「わざわざ来てくれるのか」
「当り前だよ! 僕の兄さんの結婚式だ」
『僕の兄さん』か……
可愛いこと言ってくれるよなぁ、瑞樹はいつも。
それだけで頬が緩むぜ。
「9月の連休の初日だ。少し急だが、こじんまりした披露宴し、善は急げと言われてな」
「了解! 行けると思う。というか絶対に行くよ。兄さんに会いたい!」
「おお、待っているよ」
「……うん」
少しだけ、二人でしんみりとしてしまった。
「そうだ、今の瑞樹の写真送ってくれよ。そちらの皆さんと撮った写真も見たいし」
「わかった! あとで送るよ」
「……瑞樹、大丈夫か。困ったことはないか」
心配性な兄だから、しつこく聞くことを許せよ。
「うん、大丈夫だよ。兄さん、安心して……」
いつまでも聴いていたくなるな……可憐で優しい弟の声を。
電話を切って暫くすると、写真が3枚送られてきた。
まずは集合写真だ。
ん? 見慣れない顔ぶれだな。
(宗吾さんのお兄さん夫婦も一緒です)
あぁ話にはチラッと聞いていたが、この男性が宗吾の兄さんか。少し神経質そうな印象だが、眼鏡の奥の瞳は優しそうだ。その嫁さんは明るく楽しそうな人だな。
何より、瑞樹が写真の真ん中にいるのがいい。滝沢家の皆に囲まれて、幸せそうだ。
次は宗吾と芽生くんと瑞樹の3人の写真だった。
皆、浴衣姿でギュッと近寄って笑っている。
うぉ……瑞樹の嫁さん感が半端ないぞ。
お前、可愛がられてんのな。
そして……最後は、なんとボーナスカットか!
瑞樹がひとりで写っている。
浴衣姿の瑞樹なんて初公開だし、このはにかんだような甘い笑顔がたまらないな。
俺に向けて笑ってくれているようで、永久保存版だと、ブラコン全開だ!!
アイドルのブロマイドをもらったような気分で、『保存・保存・保存』とカタカタ指が動いていた。
待ち受けにしたいな。
それくらい可愛いなー
なんて頭の中でモクモク思っていると、母さんに呆れられた。
「今日はあなたのお嫁さんになる人が来ていなくてよかったわ。広樹のそんな顔を見たら妬いちゃいそうよ」
「え? そんなつもりでは。母さんも見てくれよ。瑞樹の奴、浴衣なんて着ちゃって」
「まぁ本当に可愛いわねぇ、瑞樹はいつまで経っても若々しくて……いい子ね」
母さんもまんざらでもないように、見入っていた。
「浴衣を着せて……お祭りに連れて行ったりしたかったのよ。私も……」
「分かっているって。母さんは、まだまだこれからだよ。俺さ、きっとすぐに父親になると思うよ。そん時は、母さんはおばーちゃんだ。大いに孫馬鹿してくれていいからな、俺達に出来なかった事もしてくれよ」
「まぁまさか……もう、なの?」
「いや、まだだよ。でも結婚したらすぐに授かったらいいと思っている」
本心だ。だから結婚式も急ぐんだ。
瑞樹が前に進んだのを見届けて、俺もやっとそういう気持ちになれた。
「あなたもお嫁さんもいい年だものね。応援するわ」
「ありがとう。瑞樹みたいにしあわせな家庭を築きたいよ」
「そうね、見せて欲しいわ」
「母さんも、その輪に加わるのさ」
「ありがとう……広樹……私は最近あなたを頼ってばかりだわ。本当に頼もしくなったわね」
「亡くなった父さんの代わりにはなれないが、母さんもしあわせにしてやりたい」
しあわせに一番縁遠かった瑞樹が、しあわせになってくれた。
それが嬉しい。
離れていても存在を確かに感じる、お盆の夜だった。
俺の父さんにも誓おう、伝えよう。
大丈夫。ちゃんと生きていると──
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