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夏便り 16
「ねぇねぇ、芽生くん、今日は私たちと寝ない?」
「おねえさんと?」
「……駄目かなぁ」
「いいよ! 」
「本当? 宗吾さん、瑞樹くん、芽生くんを一晩借りてもいいかしら」
美智さんに聞かれて、宗吾さんが芽生くんに確認をする。
「芽生、本当に大丈夫なのか」
「うん!」
二つ返事で頷いたけれども、本当に大丈夫かな。
芽生くんは、まだ幼いのに……大人の感情に敏感すぎる所があるので心配だな。気を遣っているのではと訝しんだが、せっかくその気になっているのだから水を差すのも悪いので、静観することにした。
「芽生くん、僕たちはすぐ隣のお部屋だから、何かあったら夜中でもいいから呼ぶんだよ」
「はーい」
パジャマ姿の芽生くんを見送りながら、少し寂しい気分になってしまった。
宗吾さんの部屋に入ると、そんな僕の様子を苦笑されてしまった。
「おいおい瑞樹、大袈裟だな。まるでもう芽生が巣立ったみたいに……お嫁に出したみたいな顔して」
「すみません。いつも僕から離れないので、少し寂しくて」
「そうか、だが一晩だけだ」
「そうですよね」
僕は、宗吾さんの部屋に約束通り泊まることになった。
布団を仲良く二枚敷いて、ぴったりくっつけて……
「ほら、寝るぞ」
「あ、はい。あの……入り口の扉を少し開けて眠っても?」
「うん?」
「……もしも夜中に芽生くんが泣いたりしたら、すぐに気づいてあげたいんです」
「ははっ過保護だな。俺は君を抱きしめて眠りたいのに」
「す、すみません、よく兄さんがそうしてくれて」
「うう、ここでまた広樹の話か~」
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。君たちの兄弟愛には所詮敵わない。もう無駄なあがきはやめたよ。それにしても、いいなぁ……広樹は」
「……宗吾さんの方が、いいですよ」
拗ね拗ねモードになりそうなので、慌てて補足した。
「だよな」
「はい」
「しかし、広樹は喜んでいるだろうな」
「何がですか」
宗吾さんが布団の中で、ニヤニヤとスマホを見つめている。
一体何をさっきから?
「この写真の君、アイドルのブロマイドみたいじゃないか」
思いっきり自分が微笑んでいる写真を見せられて、困ってしまった。
「は、恥ずかしいです!それ」
さっき広樹兄さんのリクエストで、写真を撮った。
宗吾さんのご家族との集合撮影に続き、宗吾さんと僕と芽生くんの家族写真。最後は何故か僕ひとりでポーズを取らされた。
『瑞樹、もっと笑って』
『む、無理ですってば』
と言いつつも……ムスッとした顔では広樹兄さんや母さんが心配するだろうと、ニコッと笑って収まった。
あれを、ちゃっかり保存していたんですね。宗吾さん……
照れくさくて、くるりと背を向けてしまうよ。
「瑞樹、もう寝ちゃうのか」
「そうですっ」
「ふーん、すぐに眠れそうか」
宗吾さんが布団の中から、手を僕の方へと忍ばせてくる。
「わ、分からないです」
「……瑞樹」
宗吾さんの大きな手が僕の背中をゆっくり撫で腰のラインを辿り、胸元にまで辿りつく。
「んっ今日は駄目ですって、扉も開いているし」
「分かっている、少しだけ触れていたい。そうしたら俺もよく眠れそうだ」
袷から手が差し込まれ、素肌に宗吾さんの手の熱を感じると、とてもドキドキした。
「お、おやすみなさい」
「強がって可愛いな。君の心臓の音を聞きながら眠るよ」
それじゃ……
僕の方がドキドキして眠れない。
ずるい人だ。
そう思っていたのに、昼間極度の緊張をしたせいか、それとも朝、汗びっしょりになるほど働いたせいか、いつの間にか、深い眠りに落ちていた。
****
「はい、撮るぞ!」
瑞樹を真ん中に、皆が集まり写真を撮った。
その光景に、ついに君を我が家に迎え入れたんだなと、しみじみと思った。
瑞樹だからだ。
君だから、ここまで喜んでくれる。
今時こういう親戚付き合いって、そうないだろう。どんどん希薄になってきて、たとえ血の繋がった親子でも疎遠になりがちな現代だ。
こんな風に、母とも兄夫婦とも、しっかりつながり、その時間を大切にしてくれる君が好きだ。
俺も今まで出来なかった親孝行や兄弟の親睦を、深められている。
「よし、宗吾、今度はお前達だけで撮ってやる」
「兄さん、いいのか」
「あぁ、なかなか家族全員ってないだろう」
「そうだな。いつも誰かが撮る方に回るから」
兄さんが、俺と芽生と瑞樹の3人の写真を撮ってくれた。
俺は瑞樹の肩に手をかけて、芽生も抱きしめ、みんなで顔を寄せ合うように写った。
俺の横で瑞樹は、くすぐったそうに甘く笑っていた。芽生はそんな俺たちを大きな瞳で見上げて、にっこりしていた。
「宗吾さん、この写真いいですね。あとで現像して飾りたいです」
「そうだな、リビングに飾ろう」
「はい!」
最後は瑞樹だけを撮った。
函館で寂しく待っている広樹に、スペシャルプレゼントだ。
浴衣姿の瑞樹はひとりであれこれポーズを撮るのが恥ずかしいらしく、照れまくっていた。
「瑞樹、そんな顔だと、広樹が心配するぞ」
「あ、はい、そうですね……確かに」
「ほら、とびきりの甘い顔して」
「おにーちゃん、わらってわらって。えがおがいちばんっていってたよ」
「う、うん」
瑞樹が眩しそうに俺たちを見つめる。
芽生が変顔したりして、笑わせる。
「もうっ、くす、くすくすっ」
いい笑顔の瞬間を収めたぞ。
すぐに確認すると、卒倒しそうな程に可愛く撮れていた。
感謝しろよー広樹! とガッツポーズだ。
そして今は俺にだけ見せる無防備な寝顔で、すやすやと寝息を立てている。
胸元に忍ばせた手で、君の鼓動を感じていると、俺までポカポカな気持ちになってきた。
見渡せば、ここは俺が青春時代を過ごした部屋だ。
君と布団を敷いて眠っているのって、感慨深いな。
尖っていたな、あの頃の俺。
世界は自分が回しているような勢いで。
今考えれば、勘違いもいいところだ。
人は一人で生きているわけでない。
社会時になってからは、誰にも頼っていないと、思い上がっていた。
支えられて、見守られて、愛されて……生きて、活きていく。
全部……瑞樹と過ごして、気づいた事だ。
「瑞樹……今日は頑張ったな。ありがとう。俺の家に飛び込んで来てくれて、嬉しかったよ。お休み。いい夢を見てくれ」
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